「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(93)~伊邪那「伎」大神は海神か?

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『書紀』の神生み神話の異伝六は、その後のくだりが私の見る限り『古事記』の内容に一番よく似ている。さっそく見てみよう。

一書に曰はく、伊奘諾尊と伊奘冉尊と、共に大八洲国を生みたまふ。然して後に、伊奘諾尊の曰はく、「我が生める国、唯朝霧のみ有りて、薫り満てるかな」とのたまひて、乃ち吹き撥(はら)ふ気、神と化為(な)る。号(みな)を級長戸辺命(しなとべのみこと)と曰す。亦は級長津彦命と曰す。是、風神なり。又飢(やは)しかりし時に生めりし児(みこ)を、倉稲魂命と号す。又、生めりし海神等を、少童命と号す。水門神等を速秋津日命と号す。木神等を句句廼馳と号す。土神を埴安神と号す。然して後に、悉(ふつく)に万物を生む。

 

まず「我が生める国」という伊奘諾尊の台詞は「我所生之国」で、伊奘諾尊が生んだ国があるのは間違いない。しかし「共に大八洲国を生みたまふ(共生大八洲)」とあり、「一書曰」と合わせて否定になるので、伊奘諾尊が生んだ国は大八洲ではないことになる。
古事記』ではどうなっているだろうか。「故、この八島を先に生みしによりて大八島国と謂ふ(故、因此八島先所一レ生、謂大八島)」で、「八つの島を先に生まないことにより、大八島国と云わない」となる。八つの島は淡道之穂之狭別島(淡路島)、伊予之二名島(四国)、隠伎之三子島(隠岐島)、筑紫島(九州)、伊伎島(壱岐島)、津島(対馬)、佐度島(佐渡島)、大倭豊秋津島(本州)の八つの島である。この後吉備児島、小豆島、大島、女島、知訶島両児島を生んでいる。
このように見ると『古事記』の伊邪那岐命と伊奘諾尊は同じように見えるが、「島」と「洲」の違いに注意しよう。

ヤマトタケルは開化天皇である(73)~「主嶋」はヤマトタケル=開化の出生地 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で見たように、「嶋」の字は使わない訳ではないのである。このシリーズでは『古事記』は講談社学術文庫版では「島」、岩波文庫版では「嶋」を用いているので、「島」と「嶋」は同じ字として扱っている。伊邪那岐命と伊奘諾尊は別人である可能性もある。
「乃ち吹き撥ふ気、神と化為る」は「乃吹撥之気、化為神」で「曰」と「乃」と「之」の三重否定で「吹き払わなかった気」となる。
「化為」に注意しよう。「為」は「~になる」と云いながら実際にはなっていないことを表すが「化為」はどうだろう。「化去」で「かむさり」と読むので、「化」には神でない者を神にする何かがあるのかもしれない。よって「化為」で神になったとこの場では解釈しておこう。
「号を級長戸辺命と曰す。亦は級長津彦命と曰す(号曰級長戸辺命。亦曰級長津彦命)」は「亦名」となっていないのでどちらも「御名」である。しかし級長津彦命は「津」が入っており「級長」が否定されている。一柱の神として矛盾しているように見える。
古事記』に登場するのは風神「名」志那都比古神此神名以音である。「名」が「以音」だから字が意味を持つことになる。
従来は「都」を丹波系でさらに否定の意味を持つと主張してきたが、最近迷いが出ている。理由は「都」を否定と読める例が見つからなくなっているからだが、否定と読めば「志那」と「級長」は共通することになる。
また本当に風神かどうか、「吹き払わなかった気」で神に「化為」っている。「是、風の神なり(是風神也)」は「一書曰」で否定されるので風神でないことになる。
古事記』の風神は「名」志那都比古神なので、志那都比古神は風神ではない。この点も『書紀』と共通しているといえる。
「又飢しかりし時に生めりし児を、倉稲魂命と号す(又飢時生児、号倉稲魂命)」はまだ『古事記』の宇迦御魂神を十分に検討していないので後回しにする。
「又生めりし海神等を、少童命と号す(又生海神等、号少童命」は「生んだ海神は少童命と云わない」である。

ヤマトタケルは開化天皇である(89)~二人のイザナギのすり替え - 「人の言うことを聞くべからず」+

で見たように、綿津見神は阿曇連の先祖ではなく、海神とも書いていない。また伊邪那「伎」大神とも無縁である。しかしそうなると伊邪那「伎」大神が綿津見神を生んでいない理由がわからなくなる。
古事記』で初めて海神が登場するのは海幸山幸神話からである。『古事記』には海神の「御祖」が伊邪那「伎」大神だと思わせようとする意図があると考えるべきだろう。『書紀』の「海神を少童命と云わない」というのは『古事記』の意図を看破したように見えるが、ちょっと単純過ぎる。しかし伊奘諾尊が海神を生んだのは間違いないようである。
ひとつ仮説をたてよう。伊邪那「伎」大神が海神だと考えれば『記紀』の間に整合性が生まれる。この仮説をいつ証明できるかはわからないが、今この場でこの説を主張おいてもいいだろう。

次からが注意。「水門神等を速秋津日命と号す(水門神等号速秋津日命)」、「木神等を句句廼馳と号す(木神等号句句廼馳)」、「土神を埴安神と号す(土神等号埴安神)」とある。
それぞれ「水門神を速秋津日命と云わない」、「木神を句句廼馳と云わない」、「土神を埴安神と云わない」となるが、これらの神を伊奘諾尊は生んでいない。いや伊奘冉尊が生んでいないというべきか。

ヤマトタケルは開化天皇である(91)~「神生み」後の伊邪那美命は全く違う属性の人物 - 「人の言うことを聞くべからず」+

によれば、伊邪那岐命伊邪那美命は「名」速秋津日子神を生み、速秋津比売神を生んでいない。そして速秋津比売神は多分出雲系ではなく、速秋津日子と速秋津比売が兄妹である。なお「名」速秋津日子神は水戸神なので、水門神とは違う。
『書紀』の速秋津日命は、「名」速秋津日子命と同一と考えるのがより妥当であり、伊奘諾尊はその「御祖」ではない。ここで伊邪那岐命と伊奘諾尊にずれが生じ、別人だという疑惑が生まれる。

ヤマトタケルは開化天皇である(92)~伊邪那美神はどこに葬られたのか - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べたように、『古事記』の淡那美神から国之久比奢母智神までを抜いて、淡那芸神から野神までをそれぞれ速秋津日子、速秋津比売の順に親子関係を結ばせていった場合、木神は速秋津日子の「御子」になる。
古事記』の久久能智神は「御名」なので、句句廼馳は同じククノチと呼んでも久久能智神とは別の存在である。字に共通性がないということである。しかしそうなると、伊邪那岐命と別人で丹波系の可能性が高い伊奘諾尊が木神を生んでいないというのに不審を感じてくる。「生んだ」と書いていない=生んでいないではない。生んだのにそれを書いていない可能性もある。
土神についてだが、『古事記』では「次に屎に成りし神の名は、波邇夜須毘古神、次に波邇夜須毘売神(次於屎成神名、波邇夜須毘古神。此神名以音。次波邇夜須毘売神。此神名亦以音。)」で、波邇夜須毘古神のみが屎から「成った」神である。そして波邇夜須毘古神は「御名」で波邇夜須毘売神は「名」である。
そして土神とは書いていない。この点『書紀』と共通する。単に屎から生まれただけの波邇夜須毘古神を土神にするための意図だろうか?まだ答えを急ぐべきではないだろう。

次回、この続きを見ていこう。

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