「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(88)~伊邪那「伎」命は「迦」

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伊邪那「伎」大神が竺紫の日向の橘の小門の阿波岐原で天照大御神月読命建速須佐之男命の「三貴子」を生む場面。

ここに左の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、天照大御神、次に右の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、月読命、次に御鼻を洗ひたまふ時成りし神の名は、建速須佐之男命
右の件の八十禍津日神より以下、速須佐之男命より以前の十柱の神は、御身を滌ぐによりて生りし者なり。
この時、伊邪那伎命大(いた)く歓喜(よろこ)びて詔りたまはく、「吾は子を生み生みて、生みの終(はて)に三の貴き子を得たり」とのりたまひて、即ちその御頸珠の玉の緒もゆらに取りゆらかして、天照大御神に賜ひて詔りたまはく、「汝命は高天原を知らせ」と事依さして賜ひき。故、その御頸珠の名を御倉板拳之神(みくらたなのかみ)と謂ふ。次に月読命に詔りたまはく、「汝命は夜の食国(おすくに)を知らせ」と事依さしき。次に建速須佐之男命に詔りたまはく、「汝命は海原を知らせ」と事依さしき。

 

三貴子が生まれる場面は全て「所レ成神名」で、間違いなく伊邪那「伎」大神が「生んで」いる。そして建速須佐之男命は「建速須佐之男命。須佐二字以音」とあり、伊邪那「伎」大神が生んだ建速須佐之男命は「須佐」である。
「 右の件の八十禍津日神より以下、速須佐之男命より以前の十柱の神は、御身を滌ぐによりて生りし者なり」は次回に回そう。
「この時、伊邪那伎命大く歓喜びて詔りたまはく」は「此時伊邪那伎命、大歓喜詔」だが、なぜ伊邪那「伎」命は「云っていない」のだろう。私は今のところは、「子」でなく「御子」だからではないかと考えている。それよりも伊邪那「伎」大神から伊邪那「伎」命となっているのはなぜか?伊邪那「伎」大神が格下げされた感があるが、これもまたのちに回そう。
「即ちその御頸珠の玉の緒もゆらに取りゆらかして」は「即其御頸珠之玉緒母由良邇此四字以音。下效此。取由良迦志而」で「由」と「良」は伊邪那「伎」命に無縁のものではなく、「母」が伊邪那「伎」命にとって無縁である。これで伊邪那「伎」命と「其妹」伊邪那美命のつながりが見えてきた。
それよりも重要なのは、伊邪那「伎」命が「迦」であることである。今まで私は丹波系を表す字として述べてきたが、確定的な証拠がある訳ではない。しかし丹波系であろうがなかろうが、伊邪那「伎」命は「迦」なのである。
次が問題である。「天照大御神に賜ひて詔りたまはく、『汝命は高天原を知らせ』と事依さして賜ひき」は「賜天照大御神而詔之、汝命者、所高天原矣、事依而賜也」である。「詔」を否定と捉えると、「高天原を治めるな」と伊邪那「伎」命が「云った」ことになる。
確かに私は、天照大御神高天原に居たと確定的に書かれた文章をまだ見つけていない。
「~を知らせ」と伊邪那「伎」命が云うところは全て「所知~」で、『古事記』では月読命はこの後登場せず、「速」須佐之男命が海原を治めなかったのを我々は知っている。しかし月読命建速須佐之男命に対しては「詔」で「云って」いない。
「故、その御頸珠の名を御倉板拳之神と謂ふ」は「故、其御頸珠名、謂御倉板拳之神訓板拳云多那」で、夜の食国は「夜之食国」で、月読命は「夜の支配者」ではない。

続きを見てみよう。

故。各依さしたまひし命のまにまに知らしめす中に、速須佐之男命、命(よ)さしし国を治らさずて、八拳須(ひげ)心(むな)前に至るまで啼きいさちき。その泣く状(さま)は、青山は枯山如す泣き枯らし、河海は悉に泣き乾しき。ここをもちて悪しき神の音なひ、さ蠅如す皆満ち、万の物の妖(わざわひ)悉に発(おこ)りき。

 

「須」で「ひげ」、「心」で「むな」である。
「各依さしたまひし命のまにまに知らしめす中に」は「各隨依賜之命、所知看之中」で「依さしたまひ」てないし、「知らしめて」いるようでも「知看」を「知らしめる」と読むべきかどうかは疑問である。
「命さしし国を治らさずて」は「不命之国而」で「命令、委任された国を治めずに」となるが、「知らす」と「治らす」は同じ意味なのに「不知」とする訳にはいかないのだろうか?
「啼きいさちき」は「啼伊佐知伎。自伊下四字以音。下效此」で「須佐」ではない速須佐之男命が「伎」でなく、「知」でもないのがこれでわかる。
「その泣く状は(其泣状者)」以降により、速須佐之男命には「泣」という字が使えないのではないかと推測できる。
「ここをもちて悪しき神の音なひ、さ蠅如す皆満ち、万の物の妖悉に発りき」は「是以悪神之音、如狹蠅皆満、万物之妖悉発」
で、速須佐之男命「でない」者が「悪しき神」でなく「万の物」でない。しかし「さ蠅如す」はどちらだろう?

次回、「三貴子」が生まれる前のくだりを見てから、この続きを見てみよう。

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