「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(84)~「其妹」伊邪那美命は何者か?

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古事記』の前回の続きから。

ここに二柱の神、謀りて云ひけらく、「今吾が生める子良からず。なほ天つ神の御所(みもと)に白すべし」といひて、すなはち共に参上りて、天つ神の命を請ひき。ここに天つ神の命もちて、太占(ふとまに)に卜相(うらな)ひて、詔りたまひしく、「女先に言へるによりて良からず。また還り降りて改め言へ」と詔りたまひき。故ここに反り降りて、更にその天の御柱を先の如く廻りき。ここに伊邪那岐命、先に「あなにやし、えをとめを」と言ひ、後に妹伊邪那岐命、「あなにやし、えをとこを」と言ひき。かく言ひ竟へて御合して、生める子は、淡道の穂の狭別島。

 

「今吾が生める子良からず」は「今吾所生之子不良」で「生んでないのではない子」という二重否定、「なほ天つ神の御所に白すべし」は「猶宜天神之御所」で「天神でない者のみもと」となり、「所」は「御」がついているので否定の意味はないと見るべきである。「天つ神の命を請ひき」「ここに天つ神の命もちて」はそれぞれ「請天神之命」「爾天神之命以」で命じたのは天神ではない。
「太占に卜相ひて」は「布斗麻邇爾(上)此五字以音卜相」であるから「ふとまにして」と読むのが正しいと思う。そして(上)があるので「布斗麻爾邇」と読むことになるはずである。その後の「詔りたまひしく」は「詔之」で詔していない。
この後の伊邪那美命は「妹伊邪那美命」で「其妹」伊邪那美命ではない。ここで同じ伊邪那美命でも人物が変わっている。そして「妹伊邪那美命」は「阿那邇夜志愛袁登古袁」云い、「御合」して淡道之穂之狭別島を生んだ。
「御合」という語は他には大国主神の話で須勢理毘売との間で使われる。しかし大国主神大穴牟遅神)と須勢理毘売の間に「御子」はいない。

次に伊邪那美命が死んだ後を見てみよう。

故ここに伊邪那岐命詔りたまひしく、「愛しき我が汝妹の命を、子の一つ木に易へむと謂(おも)へや」とのりたまひて、すなはち御枕方に匍匐(はらば)ひ、御足方に匍匐ひて哭きし時に、御涙に成りし神は、香山の畝尾の木の本に坐す、名は泣沢女神。

 

「愛しき我が汝妹」は「愛我那邇妹命乎那邇二字以音。下效此」だが「詔りたまひしく」が「詔之」なので「那邇」としか云っていないことになる。
『履中紀』に大虚から「鳥往来ふ羽田の汝妹は、羽狭に葬り立往ちぬ」と声が聞こえて、まもなく皇妃の黒媛が死んだと天皇が知らせを受けるという記事がある。
「羽田の汝妹」が黒媛を指すなら、「汝妹」は「あなたの妹」「あなたの妻」を指すことになり、「我が妻」という意味にはならない。もっとも伊邪那岐命は「那邇」つまり「あなた」としか云っていない。

次に伊邪那岐命の黄泉国訪問を見てみよう。

ここに其妹伊邪那美命を相見むと欲ひて、黄泉国に追ひ往きましき。ここに殿の䏬戸より出て向かへし時、伊邪那岐命、語らひ詔りたまひしく、「愛しき我が汝妹命、吾と汝と作れる国、未だ作り竟へず。故、還るべし」とのりたまひき。ここに伊邪那美命答え白ししく、「悔しきかも、速く来ずて。吾は黄泉戸喫しつ。然れども愛しき我が汝夫の命、入り来ませる事恐し。故、還らむと欲ふを、且(しばら)く黄泉神と相論(あげつら)はむ。我をな視たまひそ」とまをしき。

 

「䏬戸」の「䏬」は代字で、本来は

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である。
伊邪那美命は「其妹」である。
伊邪那岐命は「詔之」でやはり「詔りたまわない」。
そして「我が汝夫の命」は「我那勢命那勢二字以音。下效此」で那勢と云っていない。「其妹」伊邪那美命にとっては「愛しき我が命」なのである。
「其妹」伊邪那美命伊邪那岐命とどういう関係か?次回、この続きを見ていこう。

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