「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(83)~(上)という謎の記号

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古事記』の国生み神話から。

その島に天降りまして、天の御柱を見立て、八尋殿を見立てたまひき。ここにその妹伊邪那美命に問ひたまはく、「汝が身は如何か成れる」ととひたまへば、「吾が身は、成り成りて成り合はざる処一処あり」と答へたまひき。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「我が身は、成り成りて成り余れる処一処あり。故、この吾が身の成り余れる処をもちて、汝が身の成り合はざる処にさし塞ぎて、国土を生み成さむと以為(おも)ふ。生むこと奈何(いかに)」とのりたまへば、伊邪那美命、「然善けむ」と答へたまひき。ここに伊邪那岐命詔りたまひしく、「然らば吾と汝とこの天の御柱を行き廻り逢ひて、みとのまぐはひ為む」とのりたまひき。かく期(ちぎ)りて、すなはち「汝は右より廻り逢へ、我は左より廻り逢はむ」と詔りたまひ、約(ちぎ)り竟へて廻る時、伊邪那美命、先に「あなにやし、えをとこを」と言ひ、後に伊邪那岐命、「あなにやし、えをとめを」と言ひ、各言ひ竟へし後、その妹に告げたまひしく、「女人先に言へるは良からず」とつげたまひき。然れどもくみどに興して生める子は、水蛭子。この子は葦船に入れて流し去てき。次に淡島を生みき。こも亦、子の例には入れざりき。

 

まず、「その妹伊邪那美命に問ひたまはく」は「於是問其妹伊邪那美命曰」で「妹」が「其」で否定されている。
ただし「妹」が兄妹(姉弟の可能性もある)か夫婦かは注意する必要がある。
真に血の繋がった兄弟姉妹を指す場合、「伊呂妹(いろも)」などという言葉を『古事記』では使う。ただ昔から「妹」は兄妹や夫婦を指すと言われており、「子」と違って単純に血縁関係を否定することはできない。
ただこの時伊邪那岐命は「曰」で問うていないが、「其妹」伊邪那美命は「答白」となぜか答えている。
「みとのまぐはひ為む」は「為美斗能麻具波比此七字以音」で二重否定で「みとのまぐはひ」をしようと言ったことになっているが、「かく期りて」は「如此之期」で「このようでなく期って」という否定である。
こうして見ると、「国土を生み成さむと以為ふ(以為生成国土」も「以為(おも)ふ」でなく「以て為す」と読んで「国土を生み成さない」と否定に解するべきなのだろう。
「かく期りて」の後の「すなはち」は「乃」で「詔りたまわない」で否定である。

ここで重要な記号がある。
古事記』には(上)という謎の記号がある。
返り点ではない。

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五行目の「阿那邇夜志愛袁登古袁(あなにやしえをとこを)」の「愛」と「袁」の間に(上)があり、返り点でないことがわかる。
しかし(上)はあっても(中)(下)はない。
その代わり(去)がある。

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もっとも、(去)須比智邇神のところでしか見つけていない。
この暗号をどう読むかについて、私は(上)はひとつ上の字と交換、(去)はその字を取り去ることにしている。
要はそれまでと違った読み方になればいいという程度で、(上)(去)の違いに意味を見つけていないのだが、それでも結構それなりに読めるのである。
この部分を文章として抜き出せば、「伊邪那美命、先に『あなにやし、えをとこを』と言ひ」は「伊邪那美命、先言阿那邇夜志愛(上)袁登古袁此十字以音。下效此」で「阿那邇夜志袁愛登古袁」、「あなにやしをえとこを」となればいい。つまり文章にならない。「言ひ」で言っていないことになるが、「以音」で二重否定になっているということだろう。
「その妹に告げたまひしく、『女人先に言へるは良からず』とつげたまひき」は「告其妹曰、女人先言不
良」で「女人が先に言わないのは良くないと言わなかった」ということか?二重否定と取ればともかく引っ掛かる言葉である。
「くみどに興して」の「くみどに」は「久美度邇此四字以音」で「くみどに興して」いない。

次回、この続きを見ていこう。

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