「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(70)~神話を読み解くと神話が見える

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ヤマトタケルは開化天皇である(57)~「子」は親子関係の否定 - 「人の言うことを聞くべからず」+

でコメントを頂いたたぬきさんの件だが、正直わからない部分が多々あるのだが、気になったのは「2つの王朝が交代で王になった」という点である。
まず、王朝が2つ以上あるという点では、「三王朝交替説」を始め多くの論者がおり、古代史研究では常識的見解である。このブログも2つの王朝があったという仮説で論を進めており、前回の多利志比孤も「天を兄とし、日を弟とす」と主張していることから2つ以上の王朝があるのは確実と思われる。
しかし「交代で王位についていた」という点は疑問である。
多利志比孤の件でも「天」と「日」の関係性がはっきりしないが、「交代で王位についていた」と解釈できるものではない。
記紀』については、2つの王朝がひとつの系統であるように作為されているのはほぼ間違いないだろう。
しかし『記紀』にも、「交代で王位についていた」に確定できる明確な証拠は見つからない。
見つからないということは、今後証拠が出てくる可能性があるということでもあるが、私自身、『記紀』が記したいのはそういうことではないと思っている。『記紀』が記したいのは、

ヤマトタケルは開化天皇である③~オオゲツヒメ殺しから「真実」を読み解く - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べたように、祖先の歴史を隠蔽、改竄することへの罪悪感と、そこからくる「嘘はついていない」という思いである。それは多くの暗号となって現れている。
この暗号は、「真実を遺す」などという誠実なものではなく、本質的に醜怪なものである。しかしその暗号を読み解いて得られるものは非常に精緻である。不誠実な心情は、グロテスクな論理破綻を起こすのが普通だが、神話の不誠実は精緻な論理を構築するのである。

現在、私が漠然と「こうだ」と思っていることを述べよう。
かつて『先代旧事本紀』が話題となった時、『先代旧事本紀』にこそ真実が書かれているのではないかと議論されたが、私の見解は、『上宮記』のような『古事記』より古いことが確実視されている文献でない限り、『古事記』を否定する力を諸文献は持っていないということである。
例えば但馬の国造は日下部氏と言われているが、『古事記』にも先代旧事本紀』にも、そんなことは書かれていない。
古事記』には息長帯比売命の異母弟の大多牟坂王、『先代旧事本紀』には彦坐王の五世孫の船穂宿禰但馬国造と書かれている。
それがいつの間にか日下部氏が但馬国造になっているのだが、日下部連の祖は、『古事記』では日子坐王の「御子」の沙本毘古王である。
その経緯を調べることは今はできないが、但馬国造の祖を大多牟坂王から日下部氏に移す作為が施されているのはほぼ確実である。
ただしだからといって、『古事記』にこそ真実があるというのは前のめり過ぎな態度である。『古事記』には、真実はほとんど書かれていない。『古事記』に書かれていることの多くは「これが真実だと思ってもらいたい」ことである。
そして『古事記』を受けて、『日本書紀』、『先代旧事本紀』が神話を変換していく。それも「真実を書く」という態度でなく、自分達に都合のいいように神話を変換していくのである。
そしてその変換の仕方も、『古事記』と対立的なものではなく、多くは共犯関係によるものである。

ヤマトタケルは開化天皇である(66)~すり替えられた大国主神 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で見た大国主神のすり替えを行った『書紀』は、血の繋がらない者への敵対的なものではなく、むしろ血を引いた祖先への遠慮の無さを私は感じている。『古事記』の大国主神のすり替えへの遠慮は、偉大な祖先を持たないことへの恐れだと思っている。だから『古事記』が出雲系、『書紀』が丹波系によって書かれたと私は思っているが、確証がある訳ではない。最終的な真実の判断は、精緻な読み解きをした後での心理的判断が必要となる。
そして今回、神話の変換によって何が見えてくるか、その一端を見て頂こうと思う。
摂津国風土記』から。

摂津の国の風土記にいう、--雄伴の郡。夢野がある。父老相伝えていうことには、昔、刀我野に牡鹿があった。その本妻の牝鹿はこの野にいて、その妾の牝鹿は淡路の国の野島にいた。その牡鹿はしばしば野島に行って妾と仲むつまじいことはくらべるものがなかったさて牡鹿は本妻のところに来て宿りその明くる朝、かれはその本妻に語って「昨夜夢の中で自分の背に雪が降り積もったと見た。また須々紀という草がいったいこれはどんな前兆だろう」といった。その本妻は夫がまたまた妾の所に行こうとするのを嫌って、嘘の夢合わせ(夢判断)をしていった、「背の上に草が生えたのは矢が背の上に刺さるという前兆です。また雪が降るのは、食塩を肉に塗られる(食品とされる前兆です。あなたが野島に行ったなら、かならず船人に出あって海の中で射殺されてしまうでしょう。決して二度と再び行ってはいけません」と。しかしその牡鹿は恋しさに耐えかねてまた野島に渡ったところが、海上で船に行き合ってとうとう射殺されてしまった。その故にこの野を夢野という。世間の諺にも「刀我野に立てる真牡鹿も、夢合わせのまにまに(夢判断しだい)」といっている。

 

風土記』の原文を現在持っていないので、この文を読み解くことはできないが、この文は

ヤマトタケルは開化天皇である(34)~鹿と猪とモズ - 「人の言うことを聞くべからず」+

で紹介した文によく似ている。

秋七月、天皇と皇后が高台に登られて、暑を避けておられた。毎夜、菟餓野の方から鹿の鳴く音が聞こえてきた。その声はものさびしくて悲しかった二人とも哀れを感じられた。月末になってその鹿の音が聞こえなくなった。天皇は皇后に語って「今宵は鹿が鳴かなくなったが、一体どうしたのだろう」といわれた。翌日猪名県の佐伯部が贈り物を献上した。天皇は料理番に「その贈り物は何だろう」と問われた。答えて「牡鹿です」と。「何処の鹿だろう」「菟餓野のです」 天皇は思われた。この贈り物はきっとあの鳴いていた鹿だろうと。
皇后に語っていわれるのに、「自分はこの頃物思いに耽っていたが、鹿の音を聞いてが慰められた。いま佐伯部が鹿を獲った時間何処場所を考えるに、きっとあの鳴いていた鹿だろう。その人は私が愛していることを知らないで、たまたま獲ってしまったが、やむを得ぬことで恨めしいことである。佐伯部を皇居に近づけたくない」と。役人に命じて安芸の渟田(ぬた)に移された。これが今の渟田の佐伯部の先祖である。

 

また

ヤマトタケルは開化天皇である(38)~出雲系の男が丹波系の女に殺された可能性について① - 「人の言うことを聞くべからず」+

にも通じる話である。
これが真実か神話かについて、私は前述の理由で神話だと思っている。神話を読み解くと神話が出てくるのである。その神話から諸文献の意図を読み取り、真実を構築する作業が必要だと私は思っている。

次回、『書紀』の開化天皇について見ていこう。

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