「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(69)~『隋書 俀国伝』の多利思比孤から読み解けるもの

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『隋書 俀国伝』に、「姓は阿毎、字は多利思比孤、号して阿輩雞彌」という者が登場する。聖徳太子ではないかとしばしば言われている人物である。
気になるのは、『隋書 俀国伝』は「倭国伝」ではなく「俀国伝」だということである。私が購入した講談社学術文庫倭国伝』では、残念ながら「倭」の字に「修正」されているが、斎藤忠の『失われた日本古代皇帝の謎』やウイキペディアには「俀国伝」とある。
なぜ多利思比孤は「倭」の字を用いないのか?こう考えればいい。「倭王」ではないから、「倭」の字を用いることができなかった。
「倭」の王は、邪馬台国以来の血脈によって占められ、多利思比孤はその血脈でなかったから、「倭王」を名乗れず「俀王」を名乗ったのだと考えることができる。

使者言う、「俀王は天を以て兄と為し、日を以て弟と為す。天未だ明けざる時、出でて政を聴き、跏趺して坐す。日出ずれば便ち理務を停め、我が弟に委ねんと云う」と。

 

と、『隋書 俀国伝』にある。この場合、「兄」が多利思比孤なのか、「兄」と「弟」の真ん中なのか、どちらにしろ、「我が弟に委ねん」とある以上「弟」ということはない。つまり多利思比孤は「日」の家系、出雲系ではない。
ならばなぜ、多利思比孤の姓が「阿毎」なのか?「阿毎」は「天」のはずで、「天」は出雲系にしか用いることができない字のはずである。
その答えも見つけてある。『古事記』の天地初発から。

天地初めて発けし時、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神

 

の「天地初めて発けし時、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、』は「天地初発之時、於高天原成神名、天之御中主神訓高下天云阿麻。下效此。」である。「訓高下天云阿麻、下效此」は高より下の天は阿麻と訓む。下此に效う」である。
次に国生み神話から、

次に伊伎島を生みき。亦の名は天比登都柱と謂ふ

 

は「次生伊伎島、亦名謂天比登都柱自比至都以音。訓天如天。」である。「自比至都以音。訓天如天」は「比より都まで音を以てす。天は天の如く訓む」と訓む。
「天は天の如く訓む」とはどういうことだろうか?
答えは「阿毎」だろう。出雲系が「阿麻」で丹波系が「阿毎」と訓むのである。『古事記』では「訓高下天云阿麻」と記すだけで、「高」の字がない場合、「阿麻」と「阿毎」を分別して書いていない。「天」が出てきた場合、「阿麻」か「阿毎」かは、個別に検証するしかないのである。それが前回、天宇受売「命」が出雲系ではないといった理由である。
しかしこうなると、わからないことが出てくる。
このブログでは、3世紀のことを追求していたはずである。6世紀末の多利思比孤はどう関わるのか?3世紀のことと思っていたのが、実は6世紀のことだったのか?
それはまだ私にもわからない。

次回、たぬきさんのもうひとつの見解に答えるため、『風土記』について語るとしよう。

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