「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(68)~天宇受売「神」が「名猿田毘古神」の「名」を顕した真の理由

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今回は猿田毘古神について。『古事記』の猿田毘古神の記述。

ここに日子番能邇邇芸命、天降りまさむとする時に、天の八衢に居て、上は高天原を光し、下は葦原中国を光す神ここにあり。かれここに、天照大御神、高木神の命以ちて、天宇受売神に詔りたまはく、「汝は手弱女なれども、いむかふ神と面勝つ神なり。かれ専ら汝往きて問はまくは、『吾が御子の天降りする道を、誰ぞかくて居る』と問へ」とのりたまひき。かれ、問ひたまふ時に答へ白さく、「僕は国つ神、名は猿田毘古神なり。出で居る所以は、天つ神の御子天降りますと聞きつる故に、御前に仕へ奉らむとして、参向へ侍ふ」とまをしき。

 

原文で読めば引っ掛かるところがいくつかあるが、今回注目すべきは「名は猿田毘古神なり(名猿田毘古神也)」で、

ヤマトタケルは開化天皇である(65)~「云」は肯定、「謂」は否定 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べたように「毘古」は丹波系ではないのだが、それが「名」であることで、「名猿田毘古神」が丹波系であることを匂わせている。
次の猿田毘古神の登場場面は、天津日子番能邇邇芸命天孫降臨した後である。

かれここに、天宇受売命に詔りたまはく、「この御前に立ちて仕へ奉りし猿田毘古大神は、専ら顕し申しし汝送り奉れ。またその御名は、汝負ひて仕へ奉れ」とのりたまひき。ここを以ちて、猨女君等、その猨田毘古の男神の名を負ひて、女を猨女君と呼ぶ事これなり。

 

「猿田毘古神」が「猿田毘古大神」となったことも気にかかるが、注目すべきなのは「猿田毘古」が「猨田毘古」と、「猿」から「猨」に変わったことである。
「猿田毘古大神は、専ら顕し申し汝送り奉れ」は「専所
顕申之汝送奉」で、(名を)顕したのではないことは明らかである。
「ここを以ちて、猨女君等、その
猨田毘古の男神の名を負ひて、女を猨女君と呼ぶ事これなり」は「以是猨女君等、負其猨田毘古之男神而、女呼猨女君之事是也」である。
「猨女君等」なのでこの後の文は「猨女君」のことを表していない。
この後の文章は、「猨女君」でない氏族が「猨田毘古」でない男神の「名」を負って、氏族の女性を「猨女君」と呼ばないという意味になる。
それにしてもややこしい。
そもそも「名猿田毘古神」の「名」を顕したのは天宇受売「神」である。それなのに天宇受売「命」は「猿田毘古大神」の「御名」を負うとなっている(亦其神御名者、汝負仕奉)。
もっとも前回述べたように、「其」は文脈を引き継いでいるとは限らない。
ならばこう考えるべきだろう。
天宇受売「命」は本来「猨女君」の祖だった。しかし『古事記』により、「猨女君」の「名」を「名猿田毘古神」からもらうという物語を与えられたようで、実は「猨女君」の「名」を奪われたのだと。
天宇受売「神」が「名猿田毘古神」の「名」を顕したのは、天宇受売「命」ならぬ天宇受売「神」が「名猿田毘古神」の「名」を負う体にしたいからである。因みに上記の文の少し前には「天宇受売命者猿女君等之祖」とある。
ならば天宇受売「命」が「御名」を負う体にされた、問題の「猿田毘古大神」の正体は出雲系ということになる。
しかしそうなると、これまでと話が違ってくる。「神」と「命」の違いがあろうと、天宇受売は出雲系のはずじゃないかと。
そう、違うのである。天宇受売「命」は出雲系ではない。
記紀』神話は、ひとつの暗号を読み解いたと思うと、それで全てが読み解けるのではなく、必ずと言っていいほど読み解けない所が出てくる。今回その壁にぶつかったのである。
しかし今私は、それに一定の解答を出すことができる。それを示すため、次回、『記紀』から離れて、聖徳太子ではないかと言われている『隋書俀国伝』の多利思比孤について語ろう。

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