「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(63)~「おれ」は「お前」か?

1~50を読みたい人はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

大国主神は、須佐之男命の髪の虱を取っている時に、須佐之男命が眠ってしまった隙をついて逃げ出す。その後須佐之男命が気づいて後を追うくだりを見てみよう。

かれここに、黄泉比良坂に追ひ至りて、遥に望け呼ばひて大穴牟遅神に謂りて曰はく、「その汝が持てる生大刀・生弓矢をもちて、汝が庶兄弟は坂の御尾に追ひ伏せ、また河の瀬に追ひ撥ひて、おれ大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我女須世理毘売を嫡妻として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり高天原に氷橡たかしりておれ。この奴」とのりたまひき。

 

「おれ大国主神となり、また宇都志国玉神となりて」は「意礼 二字以音。爲大国主神、亦爲宇都志国玉神一而」である。「二字以音」「二字音を以て(、読む)」そして「おれ(意礼)」は「お前」と訳されている。
次にもう一度、倭健命の熊曾征討を見てみよう。熊曾健に尋ねられて答えるくだりである。

吾は、纏向の日代宮にましまして大八島国知らしめす、大帯日子淤斯呂和気天皇の御子、名は倭男具那王なり。おれ熊曾健二人、伏はず礼無しと聞こしめして、おれを取殺れと詔りたまひて遣はせり」とのりたまひき。

 

「おれ熊曾健二人、伏はず礼無しと聞こしめして、おれを取殺れと詔りたまひて遣はせり」は「意礼熊曾健二人、不伏無礼聞看而、取殺意礼詔而遣」である。
「意礼」を「お前」と訳すのが正しいのかが、ここでの問題である。
あいにく、私は『古事記』と『日本書紀』以外の古文献を検証できない。『書紀』には大国主神須佐之男命に会う話自体がなく、また日本武尊熊襲征討にも、「意礼」という言葉はなかった。
「意礼」が「お前」でない場合、考えられるのは二つ。ひとつは「意礼」が「俺」だという可能性。もうひとつに固有名詞の可能性である。「意」という字は仁賢天皇の意祁王など、複数の人物の名前にある字である。
ただし今は、「意」の字をもつ人物を検証できるだけの材料が揃っていない。だからまず、「意礼」が「俺」なのかを検証しよう。
大国主神の神話の須佐之男命の言葉は、「俺が大国主神、宇都志国玉神になる」で意味は通じる。
倭健命の熊曾征討は、「俺は熊曾健二人がまつろわず礼無しと聞いて、俺を殺せと命じられて遣わされた」となり、分脈的に不自然である。しかも景行天皇が「名は倭男具那王」を熊曾健に殺されるために派遣し、熊曾健に「名は倭男具那王」を殺すように命じたことになる。
しかしこれは神話なので、話の不自然さは一旦脇に置くべきだろう。なお景行天皇小碓命に熊曾健を討つように命じているが、実は景行天皇は「その人等を取れ(取其人等)」と命じているのである。「取れ」がどういう意味かはわからないが、「取殺れ」とは言っていない。ここに私は、神話には不自然さはあっても矛盾はない可能性を感じている。神話に本当に矛盾がないかは、おいおい検証していくことになるだろう。
なお、大国主神の神話では、須佐之男命が命名したことになっているが、

この神、刺国大神の女、名は刺国若比売を娶して生みし子は、大国主神亦の名は大穴牟遅神と謂ひ亦の名は葦原色許男神と謂ひ、亦の名は八千矛神と謂ひ亦の名は宇都志国玉神と謂ひ、併せて五つの名あり。

 

と『古事記』にあるように、大国主神須佐之男命に命名されたとは本文には書いていない。あくまで須佐之男命の「意礼」を「お前」と訳した場合にそう判断できるだけである。つまり大国主神が元々大国主神だった場合、「意礼」を「お前」とする解釈は成り立たないのである。
では他に決め手はないのかといえば、それは「二字以音」とある小文字の注である。これが何を意味するかを知るため、次回、天津日子番能邇邇芸能命と木花之佐久夜毘売の話を見ていこう。

古代史、神話中心のブログ「人の言うことを聞くべからず」+もよろしくお願いします。