「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(61)~須佐之男命は大国主神になったのか?

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大国主神の神話の、沼河比売のくだりを見てみよう。八千矛神大国主神)が沼河比売を夜這いした後からである。


またその神の嫡后須勢理毘売命、いたく嫉妬したまひき。かれ、そのひこぢ(夫)の神わびて、出雲より倭国に上りまさむとして、束装(よそひ)し立たす時に、片御手は御馬の鞍にかけ、片御足はその御鐙に踏み入れて曰はく、

ぬばたまの 黒き御衣をまつぶさに 取り装ひ沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも これはふさはず 辺つ波 そに脱ぎ棄て そに鳥の 青き御衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも こもふさはず 辺つ波 そに脱ぎ棄て 山県に 蒔きし あたね舂き 染木が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 はたたぎも こしよろし いとこやの 妹の命 群鳥の わが群れ往なば 引け鳥の わが引け往なば 泣くかじとは 汝は言ふとも 山との 一本薄 項かぶし 汝が泣かさまく朝雨の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命 事の 語言も ことば

(黒い衣装をていねいに着こんで、沖の水鳥のように胸元を見ると、鳥が羽ばたくように、袖を上げ下げして見ると、これは似合わない。岸に寄せる波が引くように後ろに脱ぎ棄て、こんどはかわせみの羽のような青い衣装をていねいに着こんで、沖の水鳥のように胸元を見るとき、鳥が羽ばたくように、袖を上げ下げして見ると、これも似合わない。岸に寄せる波が引くように後ろに脱ぎ棄て、山畑に蒔いた蓼藍を臼で舂き、その染め草の汁で染めた藍色の衣をていねいに着こんで、沖の水鳥のように胸元を見ると、鳥が羽ばたくように、袖を上げ下げして見ると、これはよく似合う。いとしい妻の君よ、群鳥が飛び立つように、私が大勢の共人を連れて行ったならば、引かれていく鳥のように、私が大勢の共人に引かれて行ったならば、あなたは泣くまいと強がって言っても、山の裾に立つ一本の薄のようにうなだれて、あなたは泣くことだろう。そのあなたの嘆きは、朝の雨が霧となって立ちこめるように、嘆きの霧が立ちこめるであろうよ。いとしい妻の君よ。ーーこれを語り草としてお伝えいたします)

 

とうたひたまひき。

 

 

ヤマトタケルは開化天皇である(59)~文脈で主語を判断してはいけない。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べたように、須勢理毘売「命」は須佐之男命の「妻」であるべきである。つまりここに登場する八千矛神とは須佐之男命ではないかという疑問が生じてくる。
続きを見てみよう。

ここにその后、大御酒坏を取り、立ち依り指挙(ささ)げて歌ひて曰はく、
八千矛の 神の命や 吾が大国主 汝こそは 男にいませば うち廻る島の崎々 かき廻る 磯の崎落ちず 若草の 妻持たせらめ 吾はもよ 女にしあれば 汝を除て 男はなし 汝を除て 夫はなし 綾垣の ふはやが下に むし衾 にこがや下に 栲衾 さやぐが下に 沫雪の 若やる胸を 栲綱の 白き腕 そだたき たたきまながり 真玉手 玉手さし枕き 股長に
寝をしなせ 豊御酒 奉らせ
(八千矛の神の命は、わが大国主神よ。あなたは男性でいらっしゃるから、打ちめぐる島の崎々に、打ちめぐる磯の崎ごとに、どこにも妻をお持ちになっているでしょう。それにひきかえ、私は女性の身ですから、あなた以外に男はありません、あなたのほかに夫はないのです。綾織の帳のふわふわと垂れている下で、苧(からむし)の夜具のやわらかな下で、栲の夜具のざわざわとなる下で、沫雪ように白い若やかな胸を、栲の綱のように白い腕を、愛撫しからませ合って、わたしの美しい手を手枕として、脚を長々と伸ばしておやすみなさいませ。さあ御酒を召し上がりませ。)
とうたひたまひき。かく歌ひてすなはちうきゆひして、うながけりて今に至るまで鎮まります。これを神語と謂ふ。

 

「八千矛の 神の命や 吾が大国主」と言っているが、これでは須佐之男命が大国主神と言っているようなものではないか?
もっともこの推論は、八千矛神大国主神でない場合に成立する。しかし周知の通り、「亦の名は八千矛神と謂ふ」と『古事記』にあり、八千矛神大国主神である。
ちなみに万葉仮名で書かれている歌の研究にはまだ手をつけていないが、一応この部分は「夜知富許能 迦微能美許等」と書く。丹波系を表す「迦」の字がある。
それでは須佐之男命は大国主神にならなかったのか?
『書紀』を見てみよう。

一書に曰はく、大国主神、亦の名は大物主神、亦は国作大己貴命と号す。亦は葦原醜男と曰す。亦は大国玉神と曰す。亦は顕国玉神と曰す。其の子凡て一百八十一神有す。

 

古事記』の大国主神の別名は、大穴牟遅神、葦原色許男神八千矛神、宇都志国玉神で、大国主神と「併せて五つの名あり」と書かれている。
『書紀』のこの一節は、大国主神の別名に大物主神が加わった最初の文で、他に大国玉神の名前がついている。
しかし別名の筆頭が「国作大己貴命」で、大穴牟遅神でなくなっている。
須佐之男命は大国主神になったのか?それを探るため、次回はヤマトタケルの物語を見ていこう。

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