「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(60)~丹波系は「僕」、出雲系は「吾」

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古事記』では、丹波系と出雲系は一人称が違う。

 丹波系の一人称は「僕」、出雲系は「吾」であり、どちらも「あ」、「あれ」と読む。

丹波、出雲どちらか明確にしたくない場合は「我」を用いる。 

他に「妾」を用いる者もいる。勿論女性で、用いるのは木花之佐久夜毘売、豊玉毘売、沙本毘売の三人である。三人ともそれぞれ出産に関することで「妾」を用いる。


 「僕」が丹波系の一人称なのは、国つ神が「僕は国つ神」と皆名乗ることから確実である。

「吾」が出雲系なのは、一人の人物が丹波系から出雲系に変わる時、一人称が「僕」→「我」→「吾」と変わるからである。ただし今回は、その文の紹介はしない。 もっとも一人の人物が「僕」から「吾」に変わるということは、「吾」は確実に出雲系の一人称ではなく、出雲系の一人称に「見せている」可能性もある。この点は慎重に見ていく必要があるだろう。


 大国主神の神話の、因幡の白菟の話を見てみよう。菟が大国主神の兄弟の八十神に騙された後からである。

ここにその塩の乾くまにまに、その身の皮悉(ことごと)に風に吹き折(さ)かえき。かれ、痛み苦しみて泣き伏せれば、最後に来ませる大穴牟遅神、その菟を見て、「何しかも汝は泣き伏せる」と言ひしに菟答へ言さく、「僕淤岐島にありて、此地に度らむと欲(おも)へども、度らむ因(よし)無かりし故に、海の和邇を欺きて言はく、『吾と汝と競べて、族の多き少きを計へむと欲ふ。かれ、汝はその族のありのまにまに悉に率て来て、この島より気多の前まで、皆列み伏し度れ。ここに吾その上を蹈みて、走りつつ読み度らむ。ここに吾が族といづれか多きを知らむ』と、かく言ひしかば、欺かえて列み伏せりし時、吾その上を蹈みて、読み度り来て、今地に下りむとするに、吾云はく『汝は我に欺かえつ』と言ひ竟(おわ)る即ち、最端に伏せる和邇、我を捕らへて悉に衣服を剥ぎき。

 

「海の和邇を欺きて言はく」は「欺和邇言」と「之」がない。「最後に来ませる大穴牟遅神」は「最後之来大穴牟遅神」で、「最後でない」という意味になるが、どういうことかはわからない。

原文には、他に気になるところはない。 次に海幸山幸神話を見てみよう。

かれ、各己が身の尋長のまにまに、日を限りて白す中に、一尋和邇白さく、「僕は一日に送る即ち還り来む」とまをしき。かれ、ここにその一尋和邇に、「然らば汝送り奉れ。若し海中を度る時、な惶畏(かしこ)ませまつりそ」と告りて、即ちその和邇の頸に載せて送り出しまつりき。かれ、期りしが如一日の内に送り奉りき。その和邇を返さむとする時、佩かせる紐小刀を解きて、その頸に著けて返したまひき。かれ、その一尋和邇は、今に佐比持神と謂ふ。

 

「かれ、ここにその一尋和邇に」以下の主語がないが、前回述べたように文脈で主語を判断してはいけないので、和邇に乗って地上に戻ったのは火遠理命ではない。

文章は載せていないが主語は綿津見大神で、乗ってきたのは綿津見大神である。

 原文を見ると「之」のオンパレードで、「各己が身長のまにまに、日を限りて白す中に」は「各隨己身之尋長日而白之中」、「即ちその和邇の頸に載せて送り出しまつりき」は「即戴和邇之頸送出」、「限りしが如一日の内に送り奉りき」は「如期一日之内送奉成」、「その和邇を返さむとする時」は「其和邇返之時」、「佩かせる紐小刀を解きて、その頸に著けて返したまひき」は「解佩之紐小刀、著其頸而返」という具合である。 

それぞれ「身長に従わず日数を限って言わない」、「その和邇の頸でないところに載せて」、「一日の内に送らない」、「その和邇を返さない時」、「佩いてない紐小刀をその頸に著けて」となる。

つまり身長に従って日数を限って言ったのは一尋和邇のみであり、火遠理命ならぬ綿津見大神は、一尋和邇「でない」和邇に乗ってきたのである。 

そして一尋和邇は、一人称を「僕」と言っている。この一尋和邇は、菟に欺かれたままだ、というのが『古事記』の主張である。本当は出雲系なのに、自分を丹波系だと思っていると言いたいのである。そしてそれが「佐比持神」だと、『古事記』は言っているのである。

 「佐比持神」とは、「佐」と「比」の字を持つ神のことである。 そして「佐」と「比」の字のある人物が、『古事記』には三人いる。

孝霊天皇の条の比古伊佐勢理毘古命、垂仁天皇の条の品牟智和気御子のエピソードに登場する出雲国造の祖の岐比佐都美、仲哀天皇の条で神功皇后に反乱を起こす忍熊王の将軍の伊佐比宿禰である。

 このうち比古伊佐勢理毘古命と岐比佐都美は他に丹波系の名前があり、「佐比持神」なのかまだわからないが、忍熊王と共に死ぬ伊佐比宿禰は、騙されて自分を丹波系だと思っている出雲系の人物だというのが『古事記』の主張なのである。 


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