「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(59)~文脈で主語を判断してはいけない。

1~50を読みたい人はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

日本語は主語がなくとも意味が通じる。それは文脈で主語を判断しているからだ。
しかし『古事記』において、主語は文脈によって判断してはいけない。『古事記』を読む場合、文章の主語が抜けている時は、前の文の主語を引き継いでいると考えるべきである。

大国主神の神話の、須佐之男命を訪問する場面を見てみよう。


かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見て、目合して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。、かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見て、目合して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。

 

「その父」は「其父」で、真実の親子関係でないことを示す。そして「その妻須勢理毘売命」は須勢理毘売「命」で、大国主神と婚姻した須勢理毘売ではない。「その妻」「その夫」はそれぞれ「其妻」「其夫」で、『古事記』にあまり用法ががないので断定できないが、これも真実の夫婦関係でないと読めそうである。そして「ここにその妻須勢理毘売命…」の文は、前の主語を引き継いで「その大神」で、須佐之男命だと読むべきである。須佐之男命と須勢理毘売「命」とは真実夫婦ではないが、須勢理毘売とはどうかとも深読み出来そうな文である。なお、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」は「此者謂之葦原色許男命」である。大国主神は葦原色許男神で葦原色許男「命」ではないので、この文は合っているのである。(岩波『古事記』には葦原色許男とのみ記されており、「命」が入っていない。その理由はわからないが、ここでは漢文に「命」を足しておいた。

続きを見てみよう。


また来る日の夜は、呉公(むかで)と蜂との室に入れたまひき。また呉公・蜂の比礼を授けて、教ふること先の如し。かれ、平く出でたまひき。また鳴鏑を大野の中に射入れて、その矢を採らしめたまひき。かれ、その野に入りし時、すなはち火もちてその野を焼き廻らしき。ここに出でむ所を知らざる間に鼠来て云はく、「内はほらほら、外はすぶすぶ」といひき。かく言ふ故にそこを踏みしかば、落ち隠り入りましし間に、火は焼け過ぎぬ。ここにその鼠、その鳴鏑を咋ひ持ちて、出で来て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子等皆喫ひたり

 

主語が全くないが、「先の如し」までは前の文と主語が同じとして、呉公と蜂の室に入れられたのが大国主神で、呉公・蜂の比礼を振ったのが須佐之男命だとわかる。
その後は主語がなく、鳴鏑を射たのが誰で、野に入って火に焼かれそうになったのが誰なのかわからない。主語がわかるのは鼠とその「子等」だけである。
鳴鏑の羽の「喫」むを「咋」むに入れ代えると、ある地名になる「羽咋」である。能登国羽咋神社があり、祭神は石衝別命である。
ならば鼠の「子等」が石衝別命かという疑問が出てくる。
古事記』にはそうは書いていない。石衝別命に見せるために「鼠の子等」は登場したのであり、この「鼠の子等」は丹波系と考えることができる。そして「羽咋」ではなく、「羽」を「喫」むとあるのは、「鼠の子等」が「羽咋」とは無縁だということである。
また、鳴鏑を「咋」んだ鼠を大山咋と考えることができる。鼠が大山咋かどうかは後に検討しよう。

この後大国主神須佐之男命がどうなるのかを見る前に、もうひとつ、わかった点を述べるために、大国主神の神話の別の物語を見ていくことにする。

メインブログ坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」もよろしくお願いします。