「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(55)~「別」と「和気」

「和気」は「別」と同音であり、「別」が丹波系と否定を意味するならば、「和気」は出雲系を意味する字である。
古事記』垂任天皇の条の后妃子女の記述を見てみよう。


この天皇、沙本毘古命の妹、佐波遅比売を娶って生みましし御子、品牟都和気命。

 

とあるが、この後に登場するのは品牟智和気である。
沙本毘古王の反乱の記述では、「この天皇、沙本毘売を后としたまひし時、沙本毘売命の兄沙本毘古王」とある。
沙本毘売命の兄が沙本毘古王というのは、開化天皇の条の記述と一致するが、このストーリーの垂任の后は沙本毘売で、沙本毘売「命」とは別なのである。
違うからといって、どちらが丹波でどちらが出雲ということはこれではわからない。「沙」は出雲系を表す字だから、これは混ざりである。ただ沙本毘売命が品牟都和気の母で、沙本毘売が品牟「智」和気の母だということである。
沙本毘売命は沙本毘古王から「八塩折の紐小刀」を受け取るが、途中で「その后」と沙本毘売を指す言葉に代わって二人が入れ替わっている
こうして度々二人が入れ替わって、

然して遂にその沙本比古王を殺したまひしに、そのいろ妹も従ひき。

 

と最後に「沙本比古王」と「そのいろ妹」となっている。そう「いろ妹」が沙本毘売だろう。
沙本「毘古」と表記しなかったこと、また『古事記』では丹波系の人物は殺されない鉄則から、品牟「智」和気の母の沙本毘売は出雲系である。

もう1つ、違う文献を紹介しよう。
上宮記』という散逸文献で、『釈日本紀』に僅かに引用文が残っている。
上宮記』というからには聖徳太子に関する文献と思われ、しかも『古事記』より成立年代が古いのが確実視されている文献である。
そう『上宮記』にはこうある。


上宮記に曰く。一に云ふ。品牟都和希王、杭俣那加都比古の女子、名弟比売麻和加を娶りて生める児、若野毛二俣王、母々恩己麻和加中比売を娶りて生める児、大郎子、一名意富富等王、妹践坂大中比弥王、弟田宮中比弥、弟布遅波良己等布斯郎女の四人也

 

この後の文は継体天皇に至る文だが、ここでは省く。
品牟都和気が品牟都「和希」になっている。『上宮記』では、「和気」を使わない。「都」は否定の字だが、否定する字がない場合は単独で丹波系を表す。だから品牟都「和希」は丹波系だということが『古事記』より明確になっている。
そして『上宮記』の品牟都「和希」が継体天皇の祖だということは、継体天皇応神天皇の五世孫と言われていることから、垂任天皇の子の品牟都和気とは応神天皇である。

「別」についても触れておこう。
垂任天皇の条の后妃子女の記述で、


弟苅羽田刀弁を娶して生みましし御子、石衝別王、次に石衝毘売命、亦の名は布多遅能伊理毘売命。二柱

 

とある。
石衝別王と石衝毘売命は近親婚の関係のように見えるがそうではない。石衝「別」命は、石衝毘売命との配偶関係の否定なのである。だから石衝「別」王は出雲系である。
これを踏まえて、次回、履中天皇、市辺押歯王を見ていこう。