「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(53)~「都」も否定、葛城長江曾都毘古と石之日売

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古事記』の国生み神話で、伊伎(壱岐)島を天比登都柱という。
丹波系と出雲系の区別のひとつは、丹波系が「天之~」で、出雲系が「天~」と表記されていることだが、天比登都柱は「天之~」となっていない。ならば「比登都」の字のどれかひとつが、「天」を否定しているのである。
まず、この後の文を確認しよう。
「然る後還ります時、吉備児島を生みき。亦の名を建日方別と謂ふ。次に小豆島を生みき。亦の名を大野手比売と謂ふ。次に大島を生みき。亦の名を大多麻流別と謂ふ。次に女島を生みき。亦の名を天一根と謂ふ。次に地訶島を生みき。亦の名を天之忍男と謂ふ。次に両児島を生みき。亦の名を天両屋と謂ふ。(吉備児島より天両屋島まで併せて六島)」
とある。
六島とあるが、両児島は二島なので本当は七島になる。
つまり一島減らさなければならないのだが、減らすのは女島であるべきだろう。天一根という名は出雲系だからである。先の天比登都柱が「比登都」となっていて、「一」の字を使っていないところから、この推測は妥当と思われる。
すると、「天両屋はどうなるんだ」と反論されるだろう。
よく見ると、「吉備児島より天両屋島まで併せて六島」とあり、両児島でも天両屋でもなく「天両屋島」となっている。これは両児島とは別なのである。
それでも「天~」となっているが、これは島名と神名は別だと考えるべきだろう。島名、国名は丹波、出雲の区別はないのである。

「比登都」のどれが「天」の否定なのかだが、「比」は「比古」「比売」などで、「日子」と「毘古」、「日売」と「毘売」の区別をつけないために使われているので、「比」は否定にならないと見るべきだろう。「登」も意富夜麻登玖仁阿礼比売命などに使われている字だが、特別にこの字が否定の字とは、現時点では思えない。
とすれば、「都」の字が否定の字だと考えるのが妥当だろう。この字は「古事記』の中で頻繁に使われている。

そして葛城長江曾都毘古にも「都」が入っている。
否定の字は、単独では丹波系を表し、多くは出雲系を表す字を否定しているようである。
否定の字が丹波系を表すのかはまだ検証が必要だと思っているが、否定の字の力は丹波系にも及んでいるようである。つまり葛城長江曾都毘古の「都」は、「毘古」を否定しているのである。

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べた葛城長江曾都毘古が気比大神と名を交換して葛城の曽都毘古になったのならどうなるのだろうか。
当然ながら『古事記』の時代にカナ文字はないので、『古事記』は全て漢字で書かれている。
ならば葛城の曽都毘古の「の」は「之」の字である。これは岩波の『古事記』で確認してある。
そして葛城の曽都毘古の娘が石之日売である。石之日売は「之」が「日売」を否定している。
石之日売は仁徳が八田若郎女を娶り、嫉妬して仲直りした後、雁が卵を産む話や、巨木で枯野という船を造る話などが続いて、履中天皇の物語へと続いている。
これは石之日売が、仁徳の正しい配偶者でなく、その正しくない配偶関係を繋いで、履中天皇をその子にするための作為である。
以降、履中天皇や延び延びになっている顕宗天皇の話をする前に、ヤマトタケルの系譜の話をしよう。

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