「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(51)~「之」も否定、「イリ王朝」は出雲系

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大町阿礼さん
『北円堂の秘密』興味深く読ませて頂きました。気になったところを何回かに分けて述べていきたいと思います。
藤原不平等が壬申の乱の際に田辺史のところに預けられていたということで連想したのは、『書紀』雄略九年七月の記事です。田辺史伯孫の娘は書首加竜の妻で、娘が男の子産んだと聴いて、婿の家にお祝いに行った帰り道、いちびこの丘の誉田陵のところで、赤馬に乗っている人に出会った。伯孫はその馬が欲しくなったが、追い付かない。赤馬に乗った人は、伯孫の願いを知って馬を止めて交換したが、翌朝見ると赤馬は埴輪の馬に変わっていた。誉田陵に戻って探すと、伯孫の葦毛の馬が埴輪の馬の間に立っていた。伯孫は埴輪の馬と取り替えて連れて帰った。
という話です。

本題に入ろう。
古事記崇神天皇の条の后妃子女の記述を抜粋する。

この天皇、木国造名は荒河刀弁の女、遠津年魚目々微比売(とおつあゆめまくわしひめ)を娶して生みましし御子、豊木入日子命、次に豊鉏入日売命。また尾張連の祖意富阿麻比売を(おほあまひめ)娶して生みましし御子、大入杵命、次に八坂之入日子命、次に沼名木之入日売命、次に十市之入日売命。

 

意富阿麻比売の子の「入日子」「入日売」にはその前に「之」が入っているのに対し、遠津年魚目々微比売の子には、「入日子」「入日売」の前には「之」がない。
その理由を考えるために、景行天皇の条を見てみよう。

また八尺入日子命の女、八尺入日売命を娶して生みましし御子、若帯日子命、次に五百木之入入日子命、次に押別命、次に五百木之入日売命。

 

八坂之入日子が「八尺」入日子になっており、「之」が抜けている。
さらに垂任天皇の条を見よう。

またその大国之淵の女、弟苅羽田刀弁を娶して生みましし御子、石衝別王、次に石衝毘売命、亦の名は布多遅能伊理毘売命。

 

石衝毘売命、別名布多遅能伊理毘売命は「入日売」とならずに「伊理毘売」となっている。
さらに崇神天皇の条に戻って見てみよう。

また大毘古命の女、御真津比売命を娶して生みましし御子、伊玖米入日子伊沙知命、次に伊耶能真若命、次に国片比売命、次に千々都久和比売命、次に伊賀比売命、次に倭日子命。(六柱)この天皇の御子等併せて十二柱なり。(男王七、女王五柱なり。)かれ、伊久米伊理毘古伊佐知命は天の下治らしめしき。次に豊木入日子命は、上毛野・下毛野君の祖なり。妹豊鉏比売命は、伊勢大神の宮を拝き祭りき。

 

伊久米入日子伊沙知命が、伊「久」米「伊理毘古」伊「佐」知命になっている。また豊鉏入日売命が豊鉏比売命になり、「伊勢大神の宮を拝き祭りき」と記されている。
ここでいくつかの疑問が生まれてくるが、とりあえず結論を出そう。
「之」は単なる「~の」の意味ではなく、『古事記』では否定の意味であり、「入日子」、「入日売」は「日子」、「日売」と同じ意味である。
つまり御真木入日子印恵命と称される崇神天皇は出雲系である。
すると「天之~」という丹波系を表す表記は、丹波系が天神でないことを示すことになる。
また「久」、「佐」が丹波系を示し、「玖」、「沙」が出雲系を示すのではないかという疑問が出てくる。
次回は、その疑問に答えていこう。


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