「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

古事記仲哀天皇の条にはこのようにある。

かれ、健内宿禰命、その太子を率て、禊せむとして淡海(あふみ、近江のこと)また若狭国を経歴し時、高志の前の角鹿(敦賀)に仮宮を造りて坐さしめき。ここに其地に坐す伊奢沙和気大神の命、夜の夢に見えて、「吾が名を御子の御名に易へまく欲し」と云(の)りたまひき。ここに言祷ぎて白さく、「恐し。命のまにまに易へ奉らむ」とのりたまひき。

 

とある。

ヤマトタケルは開化天皇である(30)~三人の応神天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で、

古事記』では、応神天皇が皇太子の時に、越前の角鹿で気比大神と名前を交換する記事がある。
しかし『書紀』ではこの記事を、


けれどもそういった記録はなくまだつまびらかでない。
 

と記している。『書紀』より先に成立したとされる『古事記』を無視した主張である。

 

と私は述べたが、伊奢沙和気が名を交換したのは「御子」であり、「太子」ではない。
ならば「御子」とは、健内宿禰の子と考えることができる。

健内宿禰の子は葛城長江曾都毘古である。
この葛城長江曾都毘古が伊奢沙和気と名前を交換して葛城の曽都毘古になった、と言えば、読者はおかしいと思うだろう。
なぜなら、両者とも丹波系を表す「毘古」が名前に入っている。
その通りである。
『書紀』よりはるかに文量が少ない『古事記』でも、相当に引っ掛けがある。
健内宿禰が、健内宿禰「命」と表記されていることに注意しよう。
健内宿禰の名は孝元天皇の条に初めて登場するが、「健内宿禰」とあり、「命」はない。
健内宿禰はその後「健内宿禰大臣」または「健内宿禰命」と表記される。
ならば「大臣」はともかく、「命」がついている場合、健内宿禰は出雲系なのか?
と言えばそれも違うのだが、その理由は次回に回して、健内宿禰丹波系として見ると、違ったものが見えてくる。

丹波系と出雲系の間で婚姻が行われた場合、生まれる子供は丹波、出雲両方のどちらも生まれるのである。
イザナキとイザナミの神生み神話の一節を紹介しよう。


かれ、生みし神の名は大事忍男神。次に石土毘古神を生み、次に石巣比売神を生み、次に大戸日別神を生み、次に天之吹男神を生み、次に大屋毘古神を生み、次に風木津別之忍男神を生み、次に海の神、名は大綿津見神を生み、次に水戸の神、名は速秋津日子神、次に妹速秋津比売神を生みき。(大事忍男神より秋津比売神まで併せて十神。)

 

まず前提として、イザナキ、イザナミ丹波系だとする。ならば二人の間に生まれる神は皆丹波系のはずである。
となると、気になるのが大戸日別神速秋津日子神である。「日」、「日子」が名前に入っているから出雲系ではないかと。
まず、大戸日別神の「日別」は出雲系を表すのではない。
国生み神話で、イザナキとイザナミが九州を生むが、四つの国にそれぞれ名前がついている。筑紫国が白日別、豊国が豊日別、肥国が健日向日豊久士比泥別、熊曾国が健日別である。「日」、「日別」が出雲系を表すとした場合、これでは出雲系の印象が強すぎる。この場合「別」が出雲系の「日」を消していると考えられる。
次に速秋津日子神だが、これは「速」が出雲系の「日子」の出雲性を消していると考えられる。
「別」「速」が「日」「日子」を消去するかについては、まだ検証段階である。ただこれらの字の意味するところについては、多少の見解はある。
しかし話が進まないので、これらは後回しにしよう。
次に、やはり国生み神話から、先の文のすぐ後である。

速秋津日子・速秋津比売の二の神、河海によりて持ち別けて生みし神の名は、沫那芸神、次に沫那美神、次に頬那芸神、次に頬那美神、次に天之水分神、次に国之水分神、次に天之久比奢母智神、次に国之水分神。(沫那芸神より国之久比奢母智神まで、併せて八神)

 

「天之~」という神と、「国之~」という神がいる。
「天之」が丹波系を表すというのは以前説明した。もっとも以前は説明不足だったが、天之御中主神丹波だと言えば、仮説としては一定の説得力があるだろう。
「天之~」に対する「国之~」は出雲系の神であることを表している。
もっともこれは正確には婚姻はしていないがこのようにして、『古事記』は丹波系の中に出雲系を混ぜていっている。

先の文の末尾に、「大事忍男神より秋津比売神まで併せて十神」とあり、「速」秋津比売神が秋津比売神に変わっている。ここで丹波系の神が出雲系の神に変えられたのである。
しかし読者は、次の文で「速秋津日子・速秋津比売」とあるのを疑問に思うだろう。両方とも丹波系を表してはいないかと。
違うのである。両者とも「神」が抜けている。「神」まで記載されなければ、同一とは言えないのである。
このうち速秋津日子は、「速」が「日子」を否定していると見て、速秋津日子神と同一としていいだろう。
しかし速秋津比売は、「秋津比売」の次に出てくる名前として、出雲系と見るべきだろう。その場合、「速秋津比売」の「比売」は「毘売」で、「速」が「毘売」を否定していると考えればいい。
この場合「速」は丹波、出雲の否定を表す字となる。樋速日神なども、「速」が「日」を否定して丹波系になっているのだろう。

そして、石之日売であるが、これもまた丹波系の名前なのである。
その理由は、「之」が「日売」を否定しているのである。
次回、石之日売の検証のために、「イリ王朝」と呼ばれる崇神、垂仁朝を見ていこう。


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