「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(49)~仁徳朝は虚構である(追記あり)

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

古事記』の応神天皇の后妃、子女はこのように記載されている。

この天皇品陀真若王の女、三柱の女王を娶したまひき。一の名は高木之入日売命、次に中日売命、次に弟日売。(この女王等の父品陀真若王は、五百木之入日子命尾張連の祖建伊那陀宿禰の女、志理都紀斗売を娶して生みし子なり。)かれ、高木之入日売の子、額田大中日子命、次に大山守命、次に伊奢之真若命、次に妹大原郎女、次に高目郎女。(五柱)中日売命の御子、木之荒田郎女、次に大雀命、次に根鳥命、(三柱)弟日売命の御子安倍郎女、次に阿貝知能三腹郎女、次に木之菟野郎女、次に三野郎女。(五柱)また丸邇の比布礼能意富美の女、名は宮主矢河枝比売を娶して生みましし御子、宇遅能和紀郎、次に妹八田若郎女、次に女鳥王。(三柱)またその矢河枝比売の弟、袁那弁郎女を娶して生みましし御子、宇遅之若郎女。(一柱)また咋俣長日子王の女、息長真若中比売を娶して生みましし御子、若沼毛二俣王。(一柱)また桜井の田部連の祖、島垂根の女糸井比売を娶して生みましし御子、速総別命。(一柱)また日向の泉長比売を娶して生みましし御子、大羽江王、次に小羽江王、次に幡日之若郎女。(三柱)また迦具漏比売を娶して生みましし御子、川原田郎女、次に玉郎女、次に忍坂大中比売、次に登富志郎女、次に迦多遅王。(五柱)。また葛城の野伊呂売を娶して生みましし御子、伊奢能麻和迦王。(一柱)

 

記紀』の天皇の后妃子女の記述は謎の宝庫だが、応神天皇のもそうである。
特に気になるのは、迦具漏比売がいることである。第一回の記事や、

ヤマトタケルは開化天皇である(25)~飯豊皇女と「ハエ媛」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で紹介した迦具漏比売である。
もっともなぜここに迦具漏比売がいるのかはわからないが、今記事で重要なのは迦具漏比売ではなく、若沼毛二俣王である。

応神天皇の条の最後は、応神天皇の子孫の記事である。

またこの品陀天皇の御子若野毛二俣王、その母の弟百師木伊呂弁、亦の名は弟日売真若比売命を娶して生みし子、大郎子、亦の名は意富々
杼王、次に忍坂之大中津比売命、次に田井之中比売、次に藤原之琴節郎女、次に取売王、次に沙禰王。(七柱)かれ、意富々杼王は、三国君、波多君、息長の坂君、山道君、筑紫の米多君、布勢君の祖なり。また根鳥王、庶妹三腹郎女を娶して生みし子、中日子王、次に伊和島王また堅石王の子は久奴王なり。

 

この記述では、若沼毛二俣王が若「野」毛二俣王になっていて、応神の后妃子女の人物とは別人だとわかる。それにしても、忍坂大中比売が忍坂之大中津比売という名前で、若「野」毛二俣王の娘に登場しているのは驚きである。
そして最後の堅石王という人物は、応神の子女にいない。
この堅石王が何者なのかが鍵である。

古事記』の応神天皇のエピソードとして、次の話がある。

また秦造の祖、漢値の祖、また酒を醸むことを知れる人、名は仁番(にほ)亦の名は須須許理等参渡り来つ。かれ、この須須許理大御酒を醸みて献りき。ここに天皇、この献りし大御酒にうらげて、御歌に曰りたまはく、
須須許理が 醸みし御酒に われ酔ひにけり ことな酒 ゑ酒に われ酔ひにけり
かく歌ひて幸行しし時、御杖以ちて大坂の道中の大石を打ちたまひしかば、その石走り避りき。かれ、諺に「堅石も酔人を避く」といふ。

 

この応神の杖を避けた岩が堅石王である。

これが何を意味するかだが、それは須須許理にある。
いや、須須許理でなく、本名の仁番である。

古事記』の序にこのようにある。

ここを以ちて番仁岐命(ほのににぎのみこと)、初めて高千嶺に降り、神倭天皇秋津島に経歴したまひき。

 

ニニギノミコトは『古事記』の本文では、天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇岐命、日子番能邇邇岐命、天津日高日子番能邇邇岐能命と記載されており、番仁岐命と記載されているのは序のみである。
記紀』では名前が1字でも違えば別人だが、それはアナグラムを原則使っていないことを意味する。
しかし序の番仁岐命の「番仁」を逆転すると仁番になる。
これは『古事記』で、現時点で唯一見つけたアナグラムである。

この記述の後、応神の崩御、大山守の反逆、宇遅能和紀郎子の死の話があり、その後

ヤマトタケルは開化天皇である(29)~アメノヒボコとツヌガアラシト - 「人の言うことを聞くべからず」+

で紹介したアメノヒボコとツヌガアラシトの神話があり、さらにその後に

ヤマトタケルは開化天皇である(31)~新羅の王?仁徳天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で紹介した、秋山之下氷壮夫(あきやまのしたひおとこ)と春山之霞壮夫(はるやまのかすみおとこ)の話がある。
ここで、訂正が二つある。
新羅の王?仁徳天皇」で、沙本比売と書いたが、正しくは沙本毘売で、沙本毘古、沙本毘売の兄妹になり、出雲系でなく丹波系である。
そして若「野」毛二俣王の子孫は、継体天皇に繋がっている。
秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫の話の話は、沙本毘古がシナツヒコに勝った話であり、沙本毘古の子孫が継体天皇だという暗示である。
そしてシナツヒコの家系は仁徳朝であり、仁徳朝は虚構である。
そして仁徳朝が虚構であることが、石之日売が出雲系の「日売」の名を持っている理由の一つである。
石之日売が「日売」の名を持つもう一つの理由を探るために、次回、気比大神のエピソードを見ていこう。

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