「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(46)~『古事記』での丹波、出雲の見分け方

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

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ヤマトタケルは開化天皇である(44)~訂正②天照大神は出雲の神である。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で、延烏郎が西暦158年に新羅からきたと主張する必要が無くなった以上、

ヤマトタケルは開化天皇である(23)~『記紀』には「倭の五王」のことは書かれていない - 「人の言うことを聞くべからず」+

のように、158年から4世紀までが『記紀』に書かれていると主張する必要も無くなった。
その後いくら研究しても、ヤマトタケル=開化の子のことが出てこないというより、ヤマトタケル=開化の子のように見える人物が、その父だと思うようになってきた。ちょうど開化と崇神の親子が逆であるように。
ならば

ヤマトタケルは開化天皇である⑲~母子婚者の子は父子婚者 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べたことはどうなるかと言えば、これも逆ににすればいいわけで、兄妹婚の後に生まれた娘と近親相姦をして生まれたのがヤマトタケル=開化と見ればいい。
ヤマトタケル=開化の子がヤマトタケル=開化の父と同じようなことをした可能性もあるが、先に述べたように、ヤマトタケル=開化の父と子を分離できない以上、『記紀』神話は丹波系の男に限れば、ヤマトタケル=開化とその父の物語が書かれていると今は見ている。この点については、また後に述べよう。

今まで、『書紀』の丹波系と出雲系の違いは何度か説明してきたが、『古事記』の丹波系と出雲系の違いはわからなかった。
しかし今回、『古事記』での丹波系、出雲系の違いがわかったので、紹介することにする。
古事記』では、丹波系の人物と明確に示したい場合は、「毘古」「毘売」を名前に入れ、出雲系の人物と示したい場合は「日子」「日売」を名前に入れる。
もっとも多くの人物には、これらの記号はついていない。丹波系と出雲系を判別できないようにする最も多いパターンは男性なら「比古」、女性なら「比売」を名前に入れることである。
また「日子」が名前に入っていても、出雲系と特定できない例もある。スサノオとアマテラスの誓約で生まれた天津日子根などがそうである。また、若倭根子日子大毘々命の和風諡号を持つ開化天皇などは、「毘々」が「日子」を打ち消していると見るべきで、やはり丹波系の人物である。
他に、天津日高、虚空津日高(ソラツヒコ)などがあるが、これは出雲系に見せかけた丹波系の人物である。
例えば建内宿禰の周辺を見ると、


比古布都押信命、尾張連の祖意富那毘の妹、葛城の高千那毘売を娶して生みし子、味師内宿禰。(こは山代の内臣の祖なり。)また木国造の祖宇豆比古の妹、山下影日売を娶して生みし子、建内宿禰

 

とある。セオリー通りである。
だから、須勢理毘売、豊玉毘売、玉依毘売、神倭伊波礼毘古、大毘古などは、みな丹波系である。

ヤマトタケルは開化天皇である⑤~神武東征、オオクニヌシの国譲りから見る『古事記』の「和」の否定 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で、私が神武が負けたと見たが、そうではなく、自分で自分を殺すことはできないのである。

このように、『古事記』では多くの人物が名前で丹波、出雲の区別ができるが、『書紀』では男性は「毘古」、「日子」の区別を「彦」の一時で無くし、男性に限り名前のみでの所属の判別を不可能にした。
これは大発見なのだが、問題も生じている。
それは、これから扱おうとしていたヒコホホデミについてと石之日売についてである。
石之日売は出雲系である。この二点は、大幅な修正が必要である。石之日売については、二度の修正になる。
今回、顕宗天皇について述べる予定だったが、顕宗天皇を後回しにして、次回以降、この二点の修正を行う。次回はヒコホホデミについてである。


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