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「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(34)~鹿と猪とモズ

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

『仁徳紀』に、磐之姫が死んで矢田皇女が皇后になった後に、こんな物語がある。

秋七月、天皇と皇后が高台に登られて、暑を避けておられた。毎夜、菟餓野の方から鹿の鳴く音が聞こえてきた。その声はものさびしくて悲しかった二人とも哀れを感じられた。月末になってその鹿の音が聞こえなくなった。天皇は皇后に語って「今宵は鹿が鳴かなくなったが、一体どうしたのだろう」といわれた。翌日猪名県の佐伯部が贈り物を献上した。天皇は料理番に「その贈り物は何だろう」と問われた。答えて「牡鹿です」と。「何処の鹿だろう」「菟餓野のです」 天皇は思われた。この贈り物はきっとあの鳴いていた鹿だろうと。
皇后に語っていわれるのに、「自分はこの頃物思いに耽っていたが、鹿の音を聞いてが慰められた。いま佐伯部が鹿を獲った時間何処場所を考えるに、きっとあの鳴いていた鹿だろう。その人は私が愛していることを知らないで、たまたま獲ってしまったが、やむを得ぬことで恨めしいことである。佐伯部を皇居に近づけたくない」と。役人に命じて安芸の渟田(ぬた)に移された。これが今の渟田の佐伯部の先祖である。

 

この後に異説が紹介される。

里人のこんな話がある。「むかし、ある人が菟餓が行き野中に宿った。その時二匹の鹿が傍に伏せていて、暁方に牡鹿が牝鹿に語って、『昨夜夢を見た。白い霜が沢山降って、私の体は覆われてしまった。これは何のしるしだろう』と。牝鹿は答えていうのに、『あなたが出歩いたら、きっと人に射られて死ぬでしょう。塩をその体に塗られることが、ちょうど霜の白いのと同じになるしるしでしょう』と。そのとき野に宿っていた人は不思議に思った。明方猟師がきて牡鹿を射て殺した。時の人の諺に『鳴く鹿でもないのに、夢占いのままになってしまった』というのである」と。

 

この異伝が『書紀』の本当の主張で、「鳴く鹿」を殺したのは猪名の佐伯部ではない。濡れ衣である。ならば「鹿」が何で、佐伯部が何かが問題になる。先に「鹿」の謎を解こう。
『雄略紀』を見てみよう。



五年春二月、天皇葛城山に狩りをされた。不思議な鳥が急に現れ、大きさは雀ぐらいで、尾は長く地に曳いていた。そして鳴きながら、「ゆめ、ゆめ(油断するな」といった。にわかに追われて怒ったシシが、草の中から突然とび出し、人にかかってきた。狩人たちは木によじ登り大いに恐れていた。天皇は舎人に詔りして、「猛きシシも、人にあっては止まるという。迎え射て仕止めよ」といわれた舎人は人となりが臆病で、木に登って度を失い恐れおののいた。シシは直進して天皇に食いつこうとした。天皇は弓で突き刺し、足を挙げて踏み殺された。狩りも終わって舎人を斬ろうとされた。舎人は殺されようとするとき歌を読んだ。
八隅しし 我が大君の 遊ばしし 猪のうたき かしこみ 我が逃げ登りし 荒り丘の上の 榛が枝あせを

 

まず雀ぐらいの鳥からいこう。
この鳥の正体、答えはモズである。モズはスズメ目モズ科の鳥で、体長はスズメより少し大きく、尾が長い。『仁徳紀』に、鹿の耳にモズが入り耳の中を食いちぎったために鹿が死んだ話がある。モズが出てきたのは、雄略がモズだからである。
次に、この話は『古事記』にもあるが、『古事記』では逆に、雄略が猪から逃げている。そして榛の木に登って歌を読むが、その歌が『雄略紀』の歌とほぼ同じである。
そして『古事記』は雄略が襲われるのは猪だが、『書紀』には「シシ」とある。
実は猪も鹿も、どちらも「シシ」という。私は『書紀』は現代語訳で読んでいるが、おそらく原文も「シシ」だろう。
また『古事記』の雄略は鏑矢で猪を射るが、鏑矢は

sakamotoakiraf.hateblo.jp

で紹介した、「鳴鏑の神」の大山咋を表す。
さらに言えば、舎人が読んだ歌は「我が大君」=「猪」と読める。『古事記』においては、猪は最強の神獣で、ヤマトタケルも猪に会って死んでおり、『古事記』の世界では猪が登場すれば、人は必ず負ける。
結論を後回しにして、次に『書紀』、『千代旧事本紀』の雄略による、市部押磐皇子殺害の話をしよう。
雄略が市部押磐皇子を射殺する時に、「鹿がいる」と雄略がいう。
これが『千代旧事本紀』では「猪がいる」になっている。
つまり結論は、『古事記』の雄略=『書紀』の舎人=鹿=大山咋で出雲系、『書紀』の雄略=猪=モズで丹波系である。『書紀』で雄略が「シシ」を殺すことで、猪と鹿が変換され、『千代旧事本紀』で猪を殺す話になった。
そして殺された市部押磐皇子の周りを佐伯部売輪右往左往し、佐伯部売輪も殺されてしまう。濡れ衣を着せられた佐伯部こそ、殺された鹿だった。

随分前の話だが、この話はヤマトタケル=開化の子の話として書き続けていた。
その間飯豊皇女、アシナズチ、櫛稲田姫、髪長姫、アメノヒボコ、ツヌガアラシト、応神、神功皇后、仁徳と書き続け、私なりの独自の解釈をしてきたが、肝心のヤマトタケル=開化の子の話に迫れなかった。
しかしこれでやっと、ヤマトタケル=開化の子の実像に、少しだけ迫ることができるのである。次回以降、ヤマトタケル=開化の子の話に戻していこう。


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