「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(26)~矢河枝比売はやか・ハエ媛

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ハエイロネ、ハエイロドの「イロネ、イロド」とは、同母の姉妹を指す言葉である。兄弟の場合はイロエ、イロドとなり、兄、姉には性の区別があるが、弟、妹の方にはない。元々古代には、兄弟姉妹の性の区別は厳密ではなかったようで、『記紀』にはよく兄媛、弟媛という名前が登場するが、元々は姉妹を年齢順に区別する呼び名であり、この呼び名が浦島太郎の乙姫にまで繋がっている。
しかし私の古文の理解力では確信を持って言えないのだが、イロネ、イロドなどという場合は単なる同母の兄弟姉妹を指すのではなく、同父母の兄弟姉妹を指すニュアンスが強いのではないかと思っている。古代日本は通い婚姓で、母を同じくしても父親が違う例が多くあったはずだが、古代の文献はその実態をほとんど記していないせいもあって、イロネ、イロドが同父母の兄弟姉妹を指すのかははっきりしない。
話を本題に戻そう。
意富夜麻登玖邇阿礼比売(オオヤマトクニアレヒメ)は孝霊天皇との間に夜麻登登母母曾毘売命(ヤマトトモモソビメノミコト)、日子刺肩別命、比子伊佐勢理毘古命(ヒコイサセリビコノミコト)、亦の名は大吉備津日子命、倭飛羽矢若屋比売を生んでいる。
一方、その妹の蝿伊呂杼(ハエイロド)は、日子醒間命、若日子健吉備津日子命を生んでいる。
ところが『書紀』では、意富夜麻登玖仁阿礼比売という名前は登場しない。変わりに倭国香媛という人物がいる。また絙某弟(ハエイロド)とは姉妹だとは書かれていない。
古事記』に戻れば、

大吉備津日子命と若健吉備津日子命とは、二柱相副ひて、針間の氷河の前に忌瓦(いわひへ)を居へて、針間を道の口として、吉備国を言向け和したまひき。かれ、この大吉備津日子命は、吉備の上道臣の祖なり。次に若日子健吉備津日子命は、吉備の下道臣・笠臣の祖

 

とある。
『書紀』では崇神天皇大彦命を北陸、武淳川別(タケヌナカワワケ)を東海、吉備津彦をサイカイ、丹波道主命丹波に遣わし、日本の大部分を平定した。
これを四道将軍という『古事記』にも同様の記述があるが、こちらは大毘古、武沼河別、日子坐王の三人しかいない。大吉備津日子と若健吉備津日子のことは孝霊天皇の条に書かれている。『古事記』では、崇神天皇の時に吉備が平定されたとは特定できないのである。
そして『書紀』をもう一度見ると、倭国香媛の子の彦五十芹彦命には、「亦の名」がなく、吉備津彦が彦五十芹彦命だという説明もない。
この理由を考えると、崇神丹波系の天皇で、北陸、東海、丹波丹波系の領域であったことを示しているが、吉備は出雲系の領域で、丹波系が出雲の領域を征服したとは、崇神の時点では書けないのであると考えられる。つまり『吉備』の名がついている人物は出雲系であり、大吉備津日子と比子伊佐勢理毘古は別人である。
ならば意富夜麻登玖仁阿礼比売とは誰かといえば、前回、

ヤマトタケルは開化天皇である(25)~飯豊皇女と「ハエ媛」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

では説明を省いたが、実は意富夜麻登玖仁阿礼比売がハエイロネと呼ばれているのは孝霊天皇の条ではない。この姉妹は第三代安寧天皇の曾孫である。
ただし、名前が少し違うのである。ハエイロネの亦の名は意富夜麻登久仁阿礼比売である。
孝霊天皇の条では、意富夜麻登玖仁阿礼比売で、「久」と「玖」の一時違いである。
そして孝霊天皇の条で、ハエイロドの説明で、
「またその阿礼比売命の弟(いろど)」
とある。つまりハエイロネと意富夜麻登久仁阿礼比売は別人であり、「ハエ媛」とは出雲系の女性であることがわかる。

この「ハエ媛」の謎を解く鍵が、応神天皇の妃の宮主矢河枝比売である。『記紀』では后妃の中で特に重要な人物には、その人物と天皇とのエピソードがあり、矢河枝比売にもそれがある。応神が矢河枝比売を見て彼女を求め、歌を歌う。
ところが『書紀』にはそのエピソードがなく、名前も宮主宅媛(みやぬしやかひめ)となっている。
矢河枝比売には、やかはえひめと仮名が振られている。
我々はこれを歴史的仮名遣いと思い、矢河枝比売をやかわえひめと読む。
しかし私は、これをやかわえひめではなく、やか・ハエひめと読むべきだと思っている。
実はもう『古事記』には、もう一人やかわえひめが登場するのである。
大国主の孫の国忍富神の配偶者は、葦那陀迦神、亦の名は八河江比売で、こちらはやがはえひめと仮名が振られている。そして葦那陀迦神といえば何を連想するかといえば、クシナダ姫の母のアシナヅチである。
この連想を馬鹿にできないのは、アシナヅチも「宮主」だからである。『古事記』ではスサノオヤマタノオロチを退治し、クシナダ姫を娶り須賀に宮を造った後、


ここにその足名椎神を呼びて、「汝(いまし)はわが宮の首に任けむ」と告りたまひ、また名を負せて稲田宮主須賀之八耳神と号(なづ)けたまひき。

 

とある。矢河枝比売と八河江比売が同一かどうかでは、現時点では確信が持てないが、おそらく違うと思う。
とにかく矢河枝比売はやか・ハエ媛であり、八河江比売はアシナヅチであり、アシナヅチの子はクシナダ姫である。次回は、クシナダが誰なのかを見ていこう。


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