「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である⑳~穀霊の名のと「豊」は近親婚の証し

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

記紀』に父子相姦らしき痕跡が、男女の名前の共通でない形であるかと言えば、それらしいものはある。
古事記』における、応神天皇の皇后中日売(なかつひめ)の父は品陀真若(ほむだのまわか)である。応神天皇には他に、中日売の姉高木之入日売と妹の弟日売が嫁いでいる。品陀真若の父が五百木之入日子で、『書紀』には品陀真若が存在せず、中日売ら三人の娘の父は五百城入彦(書紀の表記)になっている。
応神天皇の名前品陀和気から、応神と品陀真若を同一人物だとすれば、この婚姻関係は父子婚となる。

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なお、開化天皇以外の母子婚らしき例もある。
人皇第二代綏靖天皇の母は伊須気余理比売(いすけよりひめ)で、皇后は『古事記』では川俣比売である。しかし『書紀』では、母が媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)で皇后が五十鈴依媛となっている。五十鈴媛と五十鈴依媛で、名前が共通する。

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しかし私は、上の二例は近親婚を表していないと考えている。
その理由を現時点で、十全に答えることはできない。ただ私がそう思う理由は三つ挙げることができる。
ひとつは、

ヤマトタケルは開化天皇である②~日本のオイディプス - 「人の言うことを聞くべからず」+

で見たように、『古事記』と『書紀』を合わせて実像が見えてくるようなひねりが感じられないことである。
ふたつ目は品陀和気と品陀真若、媛蹈鞴五十鈴媛と五十鈴依媛は、名前が共通しているように見えてもやはり少し違い、日子坐王の母の意祁津比売(オケツヒメ)と妻の袁祁津比売(ヲケツヒメ)のような強烈な印象を感じないことである。
そして三つ目だが、それは『古事記』の出雲神話大年神系譜にある。

スサノオ神大市比売(カムオオイチヒメ)との間に大年神と宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が生まれる。
そして大年神の子供が何人がいるが、そのうち重要と思える神々について述べる。
まず香用比売との間に御年神(ミトシノカミ)が生まれている。大年神と御年神は「年神」と呼ばれ、同じ神格の神である。
そして天知迦流美豆比売(アメチカルミヅヒメ)との間に奥津日子神オキツヒコノカミ)、次に奥津比売神、「亦の名は大戸比売神(オオヘヒメノカミ)、こは諸人のもち拝く竈の神なり」と記している。
次が大山咋神(オオヤマクヒノカミ)、「亦の名は山末之大主神。この神は、近つ淡海の国(ちかつあふみのくに、近江国)の日枝山に坐し、また葛野の松尾に坐して、鳴鏑(なりかぶら)を用(も)つ神なり」と記している。
そして羽山戸神(ハヤマトノカミ)である。羽山戸神は大気都比売を娶り、若山咋神若年神他六神を生んでいる。
そう、あのスサノオに殺されたオオゲツヒメである。
他にも重要と思われる神々がいるが、他の神も合わせて読み解くのは無理なので、この五神に絞る。なお系図は便宜上、大年神の婚姻関係は省く。

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今回は奥津比売について述べる。
「竈の神なり」
とあることで、私が連想したのは推古天皇だった。推古天皇の和風諡号は豊御食炊屋比売(とよみけかしきやひめ)である。炊屋とは台所だろう。
台所と竈、確かに近い。しかし完全に同じではない。もっと推古天皇と奥津比売をつなぐものはないかと調べていると、『書紀』推古紀三年四月に、


沈香が淡路島に漂着した。その太さは三尺程もあった。島人は沈香ということを知らず、薪と共に竈でたいた。するとその煙が遠くまでよい香りをただよわせた。それでこれは不思議だとして献上した

 

とある。ここで竈が登場する。これで奥津比売と推古がつながる。相当の確率で、奥津比売は推古天皇だと言える。

ヤマトタケルは開化天皇である⑬~延烏郎は日本最初の怨霊 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で、私は近親婚を成した者、または近親婚により生まれた子には「ケ」などの穀霊であることを示す名前がついていると述べたが、実はもうひとつ、近親婚者がその子の名前に「豊」の字が入っているのである。
穀霊が近親婚を表すなら、「豊」は何かというのはまだわかっていない。しかし穀霊の名と「豊」の字をセットにすると、近親婚の可能性がある人物が浮かび上がってくる。
それは日本最初の女帝ではないかと言われる飯豊皇女である。飯豊皇女は、『古事記』では履中天皇の皇子、市辺押歯王(いちべのおしはのみこ)の妹、『書紀』では市辺押磐皇子(『書紀』の表記)の子と言われている。市辺押歯王の子が袁祁天皇顕宗天皇)、意祁天皇仁賢天皇)である。飯豊皇女が市辺押歯王の子であれ妹であれ、市辺押歯王の配偶者ならば、顕宗と仁賢は近親婚の子となる。
しかし今は、ダイレクトに飯豊皇女に語れない。謎をひとつ解くことで、複数の謎が生まれてしまっている。次回は大年神系譜の謎を掘り下げて述べていく。


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