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「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である⑯~ヤマトタケルはヒルコである。

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

古事記』では、イザナギイザナミは最初に水蛭子(ヒルコ)を生み、葦船に入れて流して捨てる。次に淡島を生んだが、これも子の数に入れなかった。
淡島は、空想上の島とされている。紀淡海峡友ヶ島の中の神島だという説があるそうだが、そのように主張する根拠を私は知らないし、神島が淡島だとしたところで、神話的な解釈が深まるとも思えない。やはり淡島は空想上の島だと、私は考える。
『書紀』ではどうなっているかというと、本文ではヒルコと淡島は最初に生まれていない。これから『書紀』の解説をするが、ヒルコと国生みの神話は、『書紀』では本文と十の異伝から成っている引用文量が多いため、退屈になるのは勘弁願いたい。
本文で最初に生まれたのは淡路洲(しま)である。『書紀』はこの淡路洲を「不満足な出来であった」としている。淡路洲を淡島になぞらえた感がある。
次に大日本豊秋津洲を生んだ。これは本州である。次に伊予二名洲(四国)、筑紫洲(九州)、億岐洲(おきのしま)と佐渡洲を双子に生み、次に越洲(北陸道)を生む。そして大洲(周防大島か)、吉備子洲(備前児島半島)を生んでいる。
気になるのは、越洲と吉備子洲は本州と陸続きであることである。児島半島は半島として別の子としたと解釈できなくもないが、北陸道は半島でさえない。この疑問を持ったまま、異伝を見ていこう。
異伝第一では、大日本豊秋津洲、淡路洲、伊予二名洲、筑紫洲、億岐の三子洲(みつごのしま)、佐渡洲、越洲、吉備子洲の順である。本州と淡路島が逆になり、隠岐島が億岐の三子洲になっている。ただ億岐の三子洲は、『古事記』の表記によるものである。つまり本文が隠岐島が三つ子であるとする『古事記』を否定し、異伝で『古事記』に合わせたのだが、まだ三つ子が何を意味するかはわからない。今後の研究課題である。
それよりも淡路島と本州の生まれた順序が逆なことだが、『書紀』では複数の異伝の紹介により、系図の兄弟順が変わっていることがよくある。煩雑になるのでここでは例示を避けるが、私は兄弟順の変換は、それが複数の人物ではなく、ひとりの人物であるのを表していると考えている。つまりここでは、淡島=淡路島=本州という構図がある。
そして本州を表す大日本豊秋津洲の秋津は、天照大神の子の天忍穂耳に嫁いで、邇邇芸命ニニギノミコト)を生んだ万幡豊秋津姫に通じる。
異伝第二から第五まで、国生みの記述がない。次に異伝第六。
「まず淡路洲、淡洲をもって第一とし、大日本豊秋津洲を生んだ。次に伊予洲、次に筑紫洲。次に億岐洲と佐渡洲とを双子に生んだ。次に越洲。次に大洲。次に子洲」
淡路洲島と淡島を第一とするのは淡島=淡路島という私の考えを裏付けるものである。
次に異伝第七。
「まず淡路洲を生んだ。次に大日本豊秋津洲。次に伊予二名洲。次に億岐洲。次に佐渡洲。次に筑紫洲。次に壱岐洲。次に対馬洲」
大洲と吉備子洲と越洲がなくなり、壱岐洲と対馬洲が入る。『古事記』の記述にならったものである。次に異伝第八。
「磤馭慮島(おのころじま)をもって第一とし、淡路洲を生んだ。次に大日本豊秋津洲。次に伊予二名洲。次に筑紫洲次に吉備子洲。次に億岐洲と佐渡洲を双子に生んだ。次に越洲」
磤馭慮島とは、イザナギイザナミが国生みをしたという空想上の島である。生みの舞台であることから、子宮を表すのかもしれない。次に異伝第九。
「淡路洲をもって第一とし、大日本豊秋津洲を生んだ。次に淡洲。次に伊予二名洲。次に億岐三子洲。次に佐渡洲。次に筑紫洲。次に吉備子洲。次に大洲」
異伝第十は、最初に淡路洲が生まれ、次に蛭児が生まれる。ヒルコが最初の子でなくなっている。
『書紀』の異伝はここで終わり、本文に戻る。国生みの後に神生みがあり、さまざまな神が生まれた後、日神と月神、そしてヒルコと素戔嗚(スサノオ)が生まれる。
わからないことが多いのだが、ひとつわかることは、『書紀』の主張はヒルコは最初の子ではないということである。これは神話の原型、というより歴史的事実の名残ではないかと思っている。神話には最初に失敗し、試行錯誤の上で成功するというストーリーがある。『古事記』ではその最初の失敗にヒルコが使われている。
『書紀』でも、ヒルコは捨てられる。しかしヒルコが最初の子でないとする『書紀』の主張は、ヒルコをだしにする『古事記』のストーリーに対する反発でもある。

さて、『書紀』での天照大神の名前は大日女孁貴(オオヒルメノムチである。ヒルメという名前から、ヒルコとは男性の太陽神であることがわかる男性の太陽神が捨てられる。ではヒルコとともに捨てられた淡島とは何だろうか。

ここで、四国としての名前「伊予二名洲」について考えてみよう。
なぜ国が4つあるのに「二名洲」なのか。
古事記』では、生まれた島に人間(神)としての名前があり、四国と九州では国ごとに顔がある。四国の場合、伊予国が愛比売(エヒメ)、土佐国が健依別(タケヨリワケ)、讃岐国が飯依比古(イイヨリヒコ)そして阿波国は大宜都比売(オオゲツヒメ)である。表記は違うが、これはスサノオに殺された大気都比売と同じ神と見るべきである。
そしてそれぞれ、エヒメとタケヨリワケ、イイヨリヒコとオオゲツヒメがペアだとされている。
「二名洲」とは、四国から二神を外して二神だけの国であると解釈できる。それではどの神が四国から外れるのだろうか。
考えられるのは、女神二名を取り男神二名を外す。逆に女神二名を外す。男女のペアの一方を取り、一方を外すである。
どの考えが妥当かだが、それを解く鍵が「淡島」なのである。淡島という空想上の島は、北陸道が越洲として分離した島のように描かれているのと同様、阿波国が空想的四国から分離した島なのである。そして淡路島が淡島に見立てられているのは、淡路島には伊弉諾神宮があるからである。現在伊弉諾神宮には、イザナギイザナミの二神が祀られているが、元はイザナギ一神が祀られていた。だから淡島=淡路島と見るより、オオゲツヒメイザナミが、イザナギの配偶者であることを示している。
ヒルコと淡島を捨てる神話は、母子婚をなしたヤマトタケル=開化と細烏女の、太陽神、月神としての神格を捨てる物語である。そして北陸道が本州から空想的に分離された意味は、阿波国オオゲツヒメ=淡島=淡路島=本州という流れから、さらに越洲につなげる構成だからである。越の国には沼河比売ヌナカワヒメ)がいる。つまり細烏女をヌナカワヒメにするための神話である。


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