「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である⑮~ヤマトタケルはカグツチである

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

軻遇突智カグツチ)について、『書紀』の本文に記載はない。
カグツチが登場するのは、異説第二からである。
「次に火の神の軻遇突智を生んだ。そのとき伊弉冉尊は、軻遇突智のためにやけどをして、お亡くなりになった。その亡くなろうとされるときに、横たわったまま土の神、埴山姫と水の神罔象女(ミツハノメ)を生んだ。軻遇突智は埴山姫を娶って稚産霊(ワクムスヒ)を生んだ」
ここで注目すべきは埴山姫という神である。カグツチイザナギに殺されず、埴山姫との間に子をもうけている。
続いて異説第三。
伊弉冉尊が火産霊を生むとき、子のために焼かれて死んだ。その神の死なれようとするときに、水神罔象女と土神埴山姫を生み、また天吉葛
を生んだ」
異説第四。
伊弉冉尊が、火の神軻遇突智を生もうとするときに、熱に苦しめられ嘔吐した。これが神となり、名を金山彦という。次に小便をされ、それが神となった。名を罔象女という。次に大便をされ、それが神となった。名を埴山姫という」
次第に『古事記』の描写に近づいてくる。『古事記』ではイザナミの嘔吐により金山毘古と金山毘売、大便から波邇夜須毘古と波邇夜須毘売、小便から弥都波能売と和久産巣日が生まれたとしている。さらにワクムスヒの子を豊宇気毘売としている。伊勢外宮の豊受大神のことである。
こうして見ると、『書紀』に埴山姫とミツハノメがセットで記述されている理由が見えてくる。埴山姫とミツハノメが同一の神なのである。
しかしまた、矛盾も出てくる。『古事記』にはワクムスヒの子を豊受大神とするが、ワクムスヒの配偶者がいない。文脈からはカナヤマビコの配偶者がカナヤマビメ、ハニヤスビコの配偶者がハニヤスビメとなるから、ワクムスヒの配偶者はミツハノメとなる。しかしそれでは、カグツチの配偶者としての埴山姫=ミツハノメの図式が崩れてしまう。
この矛盾を母子婚の暗示の繰返しと捉えることもできるが、それほど単純ではない。しかしまた、現時点でこの矛盾を、詳細に解説することもできない。この矛盾の解明は、まだ先のことになる。今はヤマトタケル=開化以外の、近親婚者がいるとだけ述べておく。
異説第五は、イザナミを熊野の有馬村に葬ったという記述である。続いて異説第六。
「また生んだ海の神たちを少童命という。山の神たちを山祗という。海峡の神たちを速秋津日命という。木の神たちを句句迺智(ククノチ)という。土の神たちを埴安神という。火の神軻遇突智が生まれるとき、その母伊弉冉尊は、身を焼かれておかくれになった」
異説第六で、ようやく埴安という言葉が出てくる。『古事記』でハニヤスビコ、ハニヤスビメと名前が出ているのだから、『書紀』で埴山姫という名前を使っているのは遠慮し過ぎのように見える。しかしそうではなく、埴山姫の配偶者がカグツチであることを示すために名前を変えてあるのである。
イザナミカグツチを生み、陰部を火傷してもがきながら、様々な神を生む描写は、出産であると同時に性交のように見える。つまりカグツチの出産自体が母子婚を表していると解釈できる。イザナミが死んだ後、イザナギカグツチを殺すが、これも時間軸が逆になっているが、熊野の熊=延烏郎が、天香山命ヤマトタケル=開化を殺す神話の繰返しである。
ギリシャ神話のプロメテウスが人類に火を送ったことで、人類には進歩と災厄が同時にもたらされた。カグツチの誕生もまた、カナヤマビコ、カナヤマビメ(鉄、武器を表す)、ハニヤスビコ、ハニヤスビメ(土器を表す)などの進歩を表す神々と、イザナミの死という災厄を表している。
しかし埴山姫=ハニヤスビメがイザナミの大便から生まれたとするのは、暗にどころではなく、明確に埴山姫=ハニヤスビメを貶めている。埴山姫=ハニヤスビメが細烏女なのはいうまでもないが、この貶めは、細烏女の存在を消す作為の一環である。次回は細烏女を消す作為について触れていく。


メインブログ坂本晶の「人の言うことを聞くべからず」もよろしくお願いします。