「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である⑬~延烏郎は日本最初の怨霊

熊野の神が熊であり、延烏郎であり、天火明命であり、崇神天皇であることを今まで語ってきたが、実は熊野本宮大社の神は女神である。
古代史研究家の戸矢学氏によると、神社の千木と鰹木で神の性別がわかるという。千木が外削ぎなら男神、内削ぎなら女神を表し、鰹木の本数が奇数なら男神、偶数なら女神が祀られているとのことである。
しかし外削ぎ、内削ぎなどと言ってもわからないと思うので、写真を見て頂こう。

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出雲大社

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伊勢神宮
こうして見ると、千木が垂直に切られているのが外削ぎ、水平に切られているのが内削ぎであるのがわかって頂けるだろう。ただ写真は解像度が低いので、見えない人のためにリンクを貼っておく。

神社の屋根でわかる、奉るのは「男神?女神?」 | ますだ歯科 | 大阪堺市 なかもず駅前の歯科

ならば熊野の神話に出てくる熊が女神なのかというとそうではない。これには仕掛けがあるのである。

熊野権現垂迹縁起』で、熊野本宮大社の家都美御子は新宮市にある神倉神社(現熊野速玉大社の摂社)に最初に降臨し、そこから同じ新宮市の阿須賀神社遷座し、阿須賀神社から熊野本宮大社遷座したと伝えている。
しかし、こちらが熊野三山の元宮であると主張している神社がある。それが島根県熊野大社である。
写真を載せよう。こちらは男神である。

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祭神は櫛御気野命(クシミケヌノミコト)という。『出雲国神造神賀詞(いずものくにのみやつこかんよごと)』に
「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(イザナギのひまなこ かぶろきくまののおおかみ クシミケヌノミコト)」
という文章がある。「ひまなこ」は可愛がった子、「かぶろき」はカムロキ、神(カム)・ロ(~の)・キ(男)で、スサノオであると伝えている。
スサノオをクシミケヌという神社は、この熊野大社しかない。ならばここで考えるべきは、スサノオがクシミケヌなのかということである。

ここで思い出さなければならないのは、『古事記』のスサノオによるオオゲツヒメ殺しである。
ケ、ウケ、ミケ、ウカなどの「ケ」とはは穀物を表し、この「ケ」が神名に入っている場合、その神は穀霊であることを表している。

ヤマトタケルは開化天皇である②~日本のオイディプス - 「人の言うことを聞くべからず」+

に登場したヒコイマスの母と妻、オケツヒメとヲケツヒメも穀霊である。そしてクシミケヌも、熊野本宮大社のケツミミコも穀霊である。何よりオオゲツヒメの「オオゲツ」とは、「大いなる穀霊」を表している。そしてクシミケヌがスサノオなら、穀霊が穀霊を殺したことになる。
実は近親婚を成した者、または近親婚によって産まれた子には、必ず穀霊であることを示す名前がついている。このことについて詳しく説明するのは当分先のことになるが、顕宗天皇(和風諡号弘計天皇〈をけのすめらみこと〉)、仁賢天皇(億計天皇〈おけのすめらみこと〉顕宗天皇の兄)は、近親婚で産まれた子である。また推古天皇の和風諡号豊御食炊屋姫尊(とよみけかしきやひめのみこと)も、近親婚の暗示である。
ならばスサノオオオゲツヒメ殺しは、近親婚者による配偶者殺しを表していると見るべきである。
『書紀』の国生み神話異説第一に、イザナギイザナミが兄妹であるとの記述がある。イザナギイザナミが延烏郎と細烏女なら、延烏郎と細烏女は兄妹婚をしたことになる。そしてヤマトタケル=開化は兄妹婚による子供ということになる。

延烏郎はヤマトタケル=開化によって殺され、子に妻を奪われた。しかし怨霊となった延烏郎は、自分を裏切った細烏女を殺したのである。
これが、熊野の神話の古層である。
この神話が生まれたのは、理由がある。
スサノオオオゲツヒメを殺した後ヤマタノオロチを退治する。
ヤマタノオロチは蛇で、蛇を本体とする大物主や高倉下に通じる。
ヤマタノオロチの尾から、草薙剣が出てくる。後に草薙剣ヤマトタケルが伯母の倭姫から譲り受け、最終的に熱田神宮の御神体となる。
倭姫は最初の伊勢斎宮で、それまで天照大神は大神(おおみわ)神社に祀られていた。そして草薙剣も、大神神社にあったと、戸矢学氏は主張している。つまりヤマタノオロチの尾から出てきた草薙剣は、大物主の依代である。
延烏郎が怨霊になっただけでは、母子婚をなし、暴虐的な「厳父」であるヤマトタケル=開化を殺す神話は造れなかった。この先史時代は「王殺し」に見られるように、まだ力に従順な時代で、殺された者は弱者であり、怨霊となったところで、「厳父」の力を上回ることはなかった。
そこでヤマトタケル=開化の変わりに、細烏女を殺す神話が作られた。そして熊野大社を熊野本宮の元宮と主張することで、熊野本宮の細烏女との習合を図った。
この習合は、論理的には失敗している。ケツミミコは女神であり、クシミケヌは男神だからである。しかしやはり、これもまた習合の一形態なのである。なぜなら全国の熊野神社には、スサノオ祭神とする神社もあるからである。なお、この場合スサノオは、本来はクシミケヌとは別の神である。スサノオは出雲勢力の祖神であり、クシミケヌと名をつけられた延烏郎と習合したのである。
そして細烏女を殺し、細烏女と習合した延烏郎は、その神威によって高倉下=ヤマトタケル=開化を殺した。つまり延烏郎は日本の怨霊信仰の始まり、最初の怨霊である。

スサノオオオゲツヒメ殺しは、『書紀』ではツクヨミによるウケモチノカミ殺しになっている。
ここで注意すべきなのは、延烏郎は日の精、細烏女は月の精である。ツクヨミ男神だから、太陽と月が男女逆になっている。つまりツクヨミによるウケモチノカミ殺しは、月神であった細烏女を太陽神に、太陽神であった延烏
郎の月神に変える神話だった。
しかし細烏女が太陽神だったと、明確に示す神話はない。太陽神に変換された細烏女は、他の女神と習合したうえで、太陽神としての神格を消された。習合したのは、おそらく卑弥呼と台与だろう。
以上が熊野の神話の古層だが、実は熊野の神話には、その最古層というべきものがある。次回は、その最古層の神話を見ていこう。


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