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「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である⑫~ヤマトタケルは父・延烏郎を殺した

崇神天皇の事蹟は『古事記』と『書紀』により多少違うが、
①国中に疫病が流行し、疫病の原因が大物主の祟りだと判明する。
②大物主の子孫の意富多々根古(オホタタネコ)を見つけて、大物主を祀らせる。
崇神の伯父の武波邇夜須毘古(タケハニヤスビコ)が反乱を起こし、タケハニヤスビコを討つ。
④各地に将軍を派遣し、日本の大半を平定する。

この四点が大体共通している。この話が分かりにくいのは、大物主がなぜ祟るのかが、今一つ見えないからである。子孫の祭祀が絶えていたようだが、祭祀が絶える経緯が書かれていない。
なお、大物主の登場は崇神の時が初出ではない。出雲神話オオクニヌシスクナヒコナと共に国作りをした後、スクナヒコナは常世の国に渡っていなくなる。
「どのようにして国を治めようか」とオオクニヌシが悩んでいると大物主が現れ、
「私を御諸山(三輪山)に祭ってくれるならば、私はあなたの国作りに協力しよう」と言って、オオクニヌシに祭られている。
オオクニヌシの国譲りにより祭祀が絶えたというなら納得できるが、その後も三島湟咋(ミシマノミゾクヒ)の娘勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)に比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)を産ませ、イスケヨリヒメが神武の妃となっており、祭祀の絶えた様子がない。
ならば祭祀の絶えた形跡のない大物主がなぜ祟るのか、なぜ大物主を祀った後に崇神が大征服を成し遂げるのか、神話「変換」で解いてみよう。分かりにくい崇神のストーリーを、分かりやすいストーリーに「変換」する。

③タケハニヤスビコが反乱を起こし、タケハニヤスビコを討つ。
①国中に疫病が流行し、疫病の原因が大物主の祟りだと判明する。
②大物主の子孫のオホタタネコを見つけて、大物主を祀らせる。
各地に将軍を派遣し、日本の大半を平定する。

このように入れ替えると、大物主はタケハニヤスビコだということになる。つまりタケハニヤスビコが殺されて怨霊となったストーリーが、分かりにくいように変換されたのである。
はたして本当にそうか?それではタケハニヤスビコは何者かを見ていこう。

タケハニヤスビコは崇神天皇の伯父、開化天皇の弟である。父は孝元天皇で、母は波邇夜須比売という。
タケハニヤスビコとハニヤスヒメ。異性同士の名前の共通は、近親婚の暗示である。しかも開化天皇の弟、同じ世代なのは母子婚を成した、開化天皇の分身の可能性を考えるべきである。
そして『書紀』の神武天皇の段に、次のような記述がある。
天皇は前年の秋九月、ひそか天香山の埴土を取り、沢山の平瓦(ひらか)を作り、自ら斎戒して諸神を祀られた。そしてついに天下を平定することができた。それで土を取ったところを名づけて埴安という」

とある。したがってタケハニヤスビコは天香山命である。

以上の内容から、天香山命は母子婚者だとなり、開化天皇と重なる。そして『海部氏勘注系図」によれば、崇神は開化の父である。そして天香山命は、父である延烏郎を殺している…。
つまり崇神の話は、熊野の神話の繰返しなのである。もっともタケハニヤスビコ=大物主は殺されているが、これは熊野の神話で高倉下が殺されたように話を書き換えているからで、本当に殺されたのは崇神=延烏郎である。だから崇神諡号は、祟り神を暗示する崇神なのである。
もうひとつ考えなければならないのは、大物主=タケハニヤスビコが祟っていることだが、これには理由がある。崇神が大物主=タケハニヤスビコを祀ったから、崇神は日本の大部分を征服できたのである。つまり本当に日本を大征服したのは大物主=タケハニヤスビコであり、ヤマトタケル=開化である。
記紀崇神の事蹟には違いがあり、真相はもっと複雑だが、大筋の理解としてはこれでいい。崇神の事蹟は熊野の神話を元に、崇神を日本の統一者に仕立て上げるためのストーリーである。そしてヤマトタケル=開化の父は崇神=延烏郎であり、オイディプスが父ライオスを殺して母イオカステを奪ったように、ヤマトタケル=開化は父を殺し、母を奪ったのである。

ただ、熊野の神話にはまだ深層がある。次回は熊野の神話の深層を見ていこう。


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