「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である②~日本のオイディプス

シリーズ第一回目から読みたい方はコチラ↓

sakamotoakiraf.hateblo.jp

開化天皇って誰?」
と、多くの方が思われるだろうが、古代史に詳しい人にとって、開化天皇は多少の興味の対象となる。
開化天皇は第9代天皇で、父は孝元天皇、母は物部氏出身の皇后内色売命(ウツシコメノミコト)である。以下、例外がない限り、『古事記』の表記を用いる。
開化天皇が古代史マニアに多少の興味を持たれるのは、開化天皇孝元天皇の皇妃でウツシコメと同じ物部氏出身の伊迦賀色許売命(イカガシコメノミコト)を娶ったことである。
開化にとって義母と言えないことはない相手である。。実際、『古事記』には「庶母(ままはは)」とある。イカガシコメは孝元天皇との間に子を設けている。彦太押信命という。

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古代史マニアの開化天皇への興味が「多少」であるのは、開化天皇がイカガシコメを娶った経緯が一切語られていないからである。何らかのロマンスが語られていいものを、記紀共に沈黙している。読者の興味を満たさない物語は興味を持続させない。
なお、開化天皇はイカガシコメを皇后とする前に、丹波大縣主由碁理(タンバノオオアガタヌシユゴリ)の娘、竹野比売(タカノヒメ)を娶っている。
意味深な内容である。時系列的に正しいならばこのように書かれることもあるだろうが、タカノヒメの方がイカガシコメより立場が上であるようなニュアンスが感じられる。開化天皇はタカノヒメとの間に、比古由牟須美命(ヒコユムスミノミコト)を設けている。
また開化天皇は、日子国意祁都命(ヒコクニオケツノミコト)の妹、意祁都比売命を娶っている。オケツヒメとの間に生まれた子を、日子坐王(ヒコイマスノミコ)という。他にも后妃がいるが、今はイカガシコメ、タカノヒメ、オケツヒメが重要である。

次に、ヒコイマスノミコを見てみよう。
ヒコイマスとはまた意味深でヒコとは今では珍しい名ではないし、記紀にもヒコが名前につく人物が多数いる。しかし元々は、ヒコとは日の神の御子、つまり太陽神の子孫を表している。そのヒコが「坐」で強調されている。
「坐」というのもまた意味深で、神社などにはこの字が入っている神社がある。熊野坐神社(島根県熊野大社)や飛鳥坐神社などで、この場合「坐」は「鎮座する」と解すべきで、場所を指している。しかし「日子」に「坐」を当てるのはどうだろうか。「~でいらっしゃる」と解釈できるならば、隠された天皇を意味するが、これも強引な解釈になりそうである。隠された天皇のようで、実体のない存在のような印象がある。ちなみに『古事記』にはわずかに事歴があり、崇神天皇の時に丹波に派遣され、玖賀耳之御笠(クガミミノミカサ)を殺したとある。クガミミノミカサがどういう人物なのかは全くわからない。
先に述べた通り、ヒコイマスノミコの母はオケツヒメだが、ヒコイマスノミコの妃の一人は母の妹、つまりヒコイマスノミコの伯母である。名を袁祁都比売という。ヲケツヒメと読む。

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日本の神話には、男女のペアで同じ名前の神や人物がいるが、その場合、私は近親婚の暗示だと考えるようにしている。
最も有名なのは木梨軽皇子(キナシカルノミコ)と軽大郎女(カルノオオイラツメ)で、記紀共に同じ父母を持つ兄妹の近親相姦と記されている。また『日本書紀』(以下『書紀』と略す)の神代上巻、天地開闢一書第一には、伊弉諾(イザナキ)と伊弉冉イザナミ)は兄妹とある。
そもそも、記紀は人名に関して、当時の実情を反映していない。
日本は言霊の国であり、名前を知られることは、知られた相手に支配されることを意味した。だから通称ならともかく、実名が兄妹で同じということは考えられない。それなのに、記紀では神武天皇以外に諱を記していない(書紀では神武の諱は彦火火出見)。世界の神話でも、アポロンとアルテミスの兄妹のように、名前が大きく共通することはない。だから兄妹で名前が共通するのは何かの暗示で、私はそれ近親婚だと思っている。
例えば崇神天皇は御真木入日子印恵命(ミマキイリヒコイニエノミコト)で、皇后は従姉妹の御真津比売命(ミマツヒメノミコト)である。ところが崇神天皇の妹にも御真津比売命がいる。だから崇神天皇は、妹と結婚したと考えるべきである。
兄妹の名前の共通が近親婚の暗示だとして、姉妹の名前の近親、というより同じである場合はどのように考えるべきか。
オケツヒメとヲケツヒメの場合のことだが、私は古代において、オとヲの発音が違うという意見をまだ見つけていないし、もし違ったとしても、ほとんど同じに聞こえただろう。だからオケツヒメとヲケツヒメは同一人物である。
『書紀』では、彦坐王(ヒコイマスのこと)の母は姥津媛(ハハツヒメ)とある。ヒコイマスは母親と結婚したのである。
ヒコイマスには多くの后妃がいるが、その中の一人、山代荏名津比売(ヤマシロノエナツヒメ)、をおさえておこう。亦の名を苅幡戸弁(カリハタトベ)という。

次に、垂任天皇を見てみよう。
垂任天皇は第11代天皇で、崇神天皇の子である。この記事で紹介してきた天皇を整理すると、

孝元ー開化ー崇神ー垂任

となる。
この垂任天皇の后妃も複数いる。また『古事記』と『書紀』では、后妃と子孫の若干の異同がある。だからまず『古事記』の、この記事で必要な部分だけを見よう。
垂任の后妃で重要なのは、円野比売(マトノヒメ)である。マトノヒメは垂任のもとに輿入れしたが、容貌が醜いと言われ親元に還された。マトノヒメはそれを恥じ、山城国乙訓で深い淵に落ちて死んだ。マトノヒメが死んだ地が堕国と呼ばれ、やがて乙訓と呼ばれるようになったという地名説話になっているが、この説話自体、本来関係のあるものを関係ないものにするために造られた説話という気がする。
マトノヒメを一旦置いて、垂任の后妃で気になる人物を挙げると、苅羽田刀弁(カリハタトベ)と弟苅羽田刀弁(オトカリハタトベ)である。ヒコイマスの妃のカリハタトベと同じ名前で、しかも二人いる。因みにカリハタトベとオトカリハタトベは姉妹だが、なぜカリハタトベが二人になっているのかはわからない。ただここで言えるのは、カリハタトベを通じてヒコイマスと垂任がつながり、同一の人物である可能性があるということである。

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次に『書紀』の垂任の后妃を見てみると、乙訓で死んだのはマトノヒメではなく、竹野媛となっている。『書紀』ではタケノヒメと読む。これも本来関係があったものを引き離したように見えるが、これで垂任と開化が繋がる。

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古事記』には垂任の妃のタケノヒメは登場しないが、変わりに迦具夜比売がいる。かぐや姫である。
竹とかぐや姫で、『竹取物語』を連想させるが、迦具夜比売については他に情報がほとんどない。ここは「関係がありそうだ」と言うに留めて、深入りしないでおこう。
私としては『古事記』の編者が、タケノヒメを記載しなかったのが気になっている。もっとも『古事記』に全てを記載しては、秘密をばらしすぎではある。
古事記』と『書紀』を合わせて、答えが出るようにしたのだろうか?それは正解だろうが、完全ではない気がする。
ただこれは言える。開化天皇が娶ったイカガシコメは庶母ではなく実母である。開化天皇は日本のオイディプスである。

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