「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(56)~「忍」と「押」と「弉」

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古事記仁徳天皇の条の后妃子女の記述には、履中天皇は大江之伊耶本和気命とあり、その後「かれ、伊耶本和気命は天の下治らしめしき。」とある。
この場合、「之」が何を否定しているかが重要である。
「和気」を否定しているなら、大江之伊耶本和気命は丹波系である。しかし「大江」を否定しているなら出雲系ということになる。
どちらなのか、『古事記』の仁徳天皇の条を見ていこう。

ヤマトタケルは開化天皇である(33)~磐之姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

の後のエピソードに、雁の卵の瑞祥の話と枯野という船の話がある。
「雁の卵の瑞祥」の話は、仁徳が日女島行幸した時に、雁が卵を生んだ。仁徳は健内宿禰に「大和国に雁が卵を生むと聞いたことがあるかと尋ね、健内宿禰は「聞いたことがございませんと答えたという話である。
「枯野という船」の話は、兔寸河の西に高樹があり、朝日に当たればその影は淡路島に及び、夕日に当たればその影は高安山を越えたという。その樹を切って造った船に枯野と名付けた。その船が壊れるとその木材で塩を焼き、焼け残った木で琴を作ると、その音色は七つの村里に響き渡ったという。
この二つのエピソードの詳細な研究はまだしていないが、その前の石之日売のエピソードが仁徳と石之日売が真に「結婚」したことを意味し、「雁の卵」と「枯野」が二人の子を意味すると見ている。

次に履中天皇の条では、

子、伊耶本和気王、伊波礼の若桜宮に坐して天の下治らしめしき。この天皇、葛城の曾都比古の子葦田宿禰の女、名は黒比売命を娶生みましし御子、市辺の忍歯王、次に御馬王、次に青海老女、亦の名は飯豊老女 三柱

とある。
伊耶本和気「王」は伊耶本和気「命」と同じなのだろうか。
この問題は後回しにしよう。
市辺の忍歯王の「の」は「之」である。ならばどれかの字を否定している可能性がある。
否定されているのは「忍」である。
欠史八代の一人、第五代孝昭天皇の条に、

この天皇尾張連の祖奥津余曾の妹、名は余曾多本毘売命を娶して生みましし御子、天押帯日子命、次に大倭帯日子国押人命。二柱。かれ、弟帯日子国忍人命は天の下治らしめしき。

とある。この文で「押」と「忍」が対比されており、それぞれどちらかが丹波、出雲を表す字だとわかる。

ヤマトタケルは開化天皇である(49)~仁徳朝は虚構である(追記あり) - 「人の言うことを聞くべからず」+

丹波系である若野毛二俣王の娘は忍坂「之」大中津比売命であり、「之」が「忍」を否定している。

ヤマトタケルは開化天皇である(55)~「別」と「和気」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

では践坂大中比弥王とあり、「忍」の字を使っていないことから、「忍」が出雲系を表す字だとわかる。
そして雄略天皇に殺されたのは、忍歯王となっている。
その後、
「市辺王の王子達、意祁王、袁祁王 二柱、この乱れを聞きて逃げ去りたまひき。」とあるので、意祁王、袁祁王は「市辺王」の子であり、「忍歯王」の子ではない。
なお、

ヤマトタケルは開化天皇である(24)~飯豊皇女は三人いる - 「人の言うことを聞くべからず」+

の市辺忍歯別王は市辺之忍歯王と同じ丹波系の人物となり、ここで訂正しておく。
次に顕宗天皇の条を見てみよう。

伊弉本別王の御子、市辺忍歯王の御子、袁祁の石巣別命、近つ飛鳥宮に坐して、天の下治らしめすこと捌(や)歳なり。

とある。「袁祁の石巣別命」
とは誰のことだろうか。
伊弉本別王が祖父で、「別」の字があるから丹波系かと思えば、父親が市辺忍歯王だから伊「弉」本別王は出雲系の人物である。
「弉」は丹波系の字であり、それが「別」によって否定されている。
ならば「袁祁の石巣別命」はどうだろうか。
「石巣別」とは、

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+

の神生み神話で紹介した石巣比売の近親婚配偶者の否定であり、「袁祁の」は「袁祁」の否定で袁祁王とは別の出雲の人物であることを示している。
それでは「弉」が出雲系なら、「耶」は何か?
それを探るために、次回、仁徳天皇を見た後に、もう一度顕宗天皇を見ていこう。


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ヤマトタケルは開化天皇である(55)~「別」と「和気」

「和気」は「別」と同音であり、「別」が丹波系と否定を意味するならば、「和気」は出雲系を意味する字である。
古事記』垂任天皇の条の后妃子女の記述を見てみよう。


この天皇、沙本毘古命の妹、佐波遅比売を娶って生みましし御子、品牟都和気命。

 

とあるが、この後に登場するのは品牟智和気である。
沙本毘古王の反乱の記述では、「この天皇、沙本毘売を后としたまひし時、沙本毘売命の兄沙本毘古王」とある。
沙本毘売命の兄が沙本毘古王というのは、開化天皇の条の記述と一致するが、このストーリーの垂任の后は沙本毘売で、沙本毘売「命」とは別なのである。
違うからといって、どちらが丹波でどちらが出雲ということはこれではわからない。「沙」は出雲系を表す字だから、これは混ざりである。ただ沙本毘売命が品牟都和気の母で、沙本毘売が品牟「智」和気の母だということである。
沙本毘売命は沙本毘古王から「八塩折の紐小刀」を受け取るが、途中で「その后」と沙本毘売を指す言葉に代わって二人が入れ替わっている
こうして度々二人が入れ替わって、

然して遂にその沙本比古王を殺したまひしに、そのいろ妹も従ひき。

 

と最後に「沙本比古王」と「そのいろ妹」となっている。そう「いろ妹」が沙本毘売だろう。
沙本「毘古」と表記しなかったこと、また『古事記』では丹波系の人物は殺されない鉄則から、品牟「智」和気の母の沙本毘売は出雲系である。

もう1つ、違う文献を紹介しよう。
上宮記』という散逸文献で、『釈日本紀』に僅かに引用文が残っている。
上宮記』というからには聖徳太子に関する文献と思われ、しかも『古事記』より成立年代が古いのが確実視されている文献である。
そう『上宮記』にはこうある。


上宮記に曰く。一に云ふ。品牟都和希王、杭俣那加都比古の女子、名弟比売麻和加を娶りて生める児、若野毛二俣王、母々恩己麻和加中比売を娶りて生める児、大郎子、一名意富富等王、妹践坂大中比弥王、弟田宮中比弥、弟布遅波良己等布斯郎女の四人也

 

この後の文は継体天皇に至る文だが、ここでは省く。
品牟都和気が品牟都「和希」になっている。『上宮記』では、「和気」を使わない。「都」は否定の字だが、否定する字がない場合は単独で丹波系を表す。だから品牟都「和希」は丹波系だということが『古事記』より明確になっている。
そして『上宮記』の品牟都「和希」が継体天皇の祖だということは、継体天皇応神天皇の五世孫と言われていることから、垂任天皇の子の品牟都和気とは応神天皇である。

「別」についても触れておこう。
垂任天皇の条の后妃子女の記述で、


弟苅羽田刀弁を娶して生みましし御子、石衝別王、次に石衝毘売命、亦の名は布多遅能伊理毘売命。二柱

 

とある。
石衝別王と石衝毘売命は近親婚の関係のように見えるがそうではない。石衝「別」命は、石衝毘売命との配偶関係の否定なのである。だから石衝「別」王は出雲系である。
これを踏まえて、次回、履中天皇、市辺押歯王を見ていこう。

ヤマトタケルは開化天皇である(54)~「迦」と「訶」、健は出雲系

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古事記景行天皇の条の后妃子女の記述には、

また倭健命の曾孫、名は須売伊呂大中日子の女、訶具漏比売を娶して生みましし御子、大枝王。

 

とある。
もう一度、ヤマトタケルの系譜を見ていこう。

かれ、上に云ひし若建(ヤマトタケルの子)、若建王、飯野真黒比売を娶して生みましし子、須売伊呂大中日子王。この王、淡海の柴野入杵の女、柴野比売を娶して生みましし子、迦具漏比売命。かれ、大帯日子天皇景行天皇)、この迦具漏比売を娶して生みましし子、大江王。この王、庶妹(ままいも)銀王(しろがねのみこ)を娶して生みましし子、大名方王、次に大中比売命。かれ、この大中比売命は、香坂王、忍熊王の御祖(みおや)なり

 

とあり、訶具漏比売が「迦」具漏比売に、大枝王が大「江」王になっている。
これは意富夜麻登久邇阿礼比売命が意富夜麻登「玖」邇亜礼比売命に、伊玖米入日子伊沙知命が伊「久」米伊理毘古伊「佐」知の命になったように、名前の字を変えて丹波系から出雲系へ、出雲系から丹波系へと変えているのである。
このことから、字を変えて人物の属性を変えた場合、最初に表記された文字がその人物の本来の属性を現している可能性が高い。それは御真木入日子印恵命である崇神天皇のの子が、伊玖米入日子伊沙知命であることからも蓋然性が高いと思われる。
ならば訶具漏比売と「迦」具漏比売の「訶」と「迦」がどちらが丹波で出雲系なのかだが、「迦」は垂任天皇の妃の迦具夜比売の「迦」で、私は「迦」が丹波系、「訶」が出雲系を表すと考えている。
ただそうなると問題が生じてくる。
天地初発に登場する宇麻志阿斯訶備比古遅神は別天つ神なのに「訶」の字がある。
これについては、「次に国稚く浮ける脂の如くして、海月なす漂える時、葦牙の如く萌え騰る物によりて成りし神の名は」宇麻志阿斯訶備比古遅神とあり、「葦牙の如く萌え騰る物」が丹波系の神を表すと考えている。
また大年神の配偶神に天知迦流美豆比売がいるが、この神は「天」という出雲系の字が入っているのに、「迦」という丹波系の字がある。
この神については、「迦」が否定を表すと考えれば一応解決しそうだが、他に「迦」が否定を表す例が無いので現時点で結論づけることはできない。今後の課題としよう。

また倭健命、若健命などの「健」も、以上の理由から出雲系を表すと考えられる。
「健」が出雲系を表す字と見るのは、健内宿禰が出雲系だと考える私の見解と合致する。
また、スサノオについても言えることがある。
古事記』でのスサノオの表記は、健速須佐之男命、速須佐之男命、須佐之男命の三つである。
健速須佐之男命は「速」が「健」を、「之」が丹波系を表す「佐」を否定している。この場合、丹波、出雲の判別ができない。
このような名前になるのは、伊邪那岐命ならぬ伊邪那伎命が、黄泉津大神である伊邪那美命の穢れを禊して生まれた神だからである。
しかし速須佐之男命は、「之」が「佐」を否定しても、「速」が丹波系を表すので丹波系である。『古事記』活躍するのは大体この速須佐之男命である。
そして須佐之男命の場合、これは明確に出雲系である。

履中天皇の話をする前にもうひとつ、次回、「別」と「和気」の話をしよう。


ヤマトタケルは開化天皇である 目次1~50

1~50までの目次を作りました。ページをめくる手間が省けると思います。ご利用下さい。

ヤマトタケルは開化天皇である①~ヤマトタケルは開化天皇の代の人物 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である②~日本のオイディプス - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である③~オオゲツヒメ殺しから「真実」を読み解く - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である④~『日本書紀』は『古事記』を解体する - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑤~神武東征、オオクニヌシの国譲りから見る『古事記』の「和」の否定 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑥~フロイトの『モーセと一神教』 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑦~「人垣を立て」た王ヤマトヒコと「暗殺者」ヤマトタケル - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑧~韓国、延烏郎と細烏女の伝説 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑨~邪馬台国の位置と利用された神武東征 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑩~『海部氏系図』に見るヤマトタケルの姿と熊野の神 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑪~神武東征から熊野の神話を取り出す - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑫~ヤマトタケルは父・延烏郎を殺した - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑬~延烏郎は日本最初の怨霊 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑭~熊野の神話の最古層 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑮~ヤマトタケルはカグツチである - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑯~ヤマトタケルはヒルコである。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑰~ヤマトタケルはスクナビコナである - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑱~ヤマトタケルは大国主である - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑲~母子婚者の子は父子婚者 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑳~穀霊の名のと「豊」は近親婚の証し - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(21)~大山咋は丹波勢力に挿入された出雲の神 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(22)~聖徳太子について - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(23)~『記紀』には「倭の五王」のことは書かれていない - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(24)~飯豊皇女は三人いる - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(25)~飯豊皇女と「ハエ媛」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(26)~矢河枝比売はやか・ハエ媛 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(27)~稲田宮主とクシナダ姫の深層 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(28)~髪長姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(29)~アメノヒボコとツヌガアラシト - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(30)~三人の応神天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(31)~新羅の王?仁徳天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(32)~「大鷦鷯」はミソサザイ、「大雀」はすずめ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(33)~磐之姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(34)~鹿と猪とモズ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(35)~神武東征からワカタケルに迫る① - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(36)~ヤソタケル、兄磯城、長髄彦 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(37)~ニギハヤヒ、ヤソタケル、クマソタケル - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(38)~出雲系の男が丹波系の女に殺された可能性について① - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(39)~出雲系の男が丹波系の女に殺された可能性について② - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(40)~訂正①・石之日売の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(41)~「佐耶岐」と大雀太子 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(42)~平群志毘と目弱王 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(43)~ホオリとヒコホホデミ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(44)~訂正②天照大神は出雲の神である。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(45)=迷惑なヒコホホデミ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(46)~『古事記』での丹波、出雲の見分け方 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(47)~アマテラスとスサノオの誓約のカラクリ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(48)~『古事記での丹波、出雲の見分け方② - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(49)~仁徳朝は虚構である(追記あり) - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(53)~「都」も否定、葛城長江曾都毘古と石之日売

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古事記』の国生み神話で、伊伎(壱岐)島を天比登都柱という。
丹波系と出雲系の区別のひとつは、丹波系が「天之~」で、出雲系が「天~」と表記されていることだが、天比登都柱は「天之~」となっていない。ならば「比登都」の字のどれかひとつが、「天」を否定しているのである。
まず、この後の文を確認しよう。
「然る後還ります時、吉備児島を生みき。亦の名を建日方別と謂ふ。次に小豆島を生みき。亦の名を大野手比売と謂ふ。次に大島を生みき。亦の名を大多麻流別と謂ふ。次に女島を生みき。亦の名を天一根と謂ふ。次に地訶島を生みき。亦の名を天之忍男と謂ふ。次に両児島を生みき。亦の名を天両屋と謂ふ。(吉備児島より天両屋島まで併せて六島)」
とある。
六島とあるが、両児島は二島なので本当は七島になる。
つまり一島減らさなければならないのだが、減らすのは女島であるべきだろう。天一根という名は出雲系だからである。先の天比登都柱が「比登都」となっていて、「一」の字を使っていないところから、この推測は妥当と思われる。
すると、「天両屋はどうなるんだ」と反論されるだろう。
よく見ると、「吉備児島より天両屋島まで併せて六島」とあり、両児島でも天両屋でもなく「天両屋島」となっている。これは両児島とは別なのである。
それでも「天~」となっているが、これは島名と神名は別だと考えるべきだろう。島名、国名は丹波、出雲の区別はないのである。

「比登都」のどれが「天」の否定なのかだが、「比」は「比古」「比売」などで、「日子」と「毘古」、「日売」と「毘売」の区別をつけないために使われているので、「比」は否定にならないと見るべきだろう。「登」も意富夜麻登玖仁阿礼比売命などに使われている字だが、特別にこの字が否定の字とは、現時点では思えない。
とすれば、「都」の字が否定の字だと考えるのが妥当だろう。この字は「古事記』の中で頻繁に使われている。

そして葛城長江曾都毘古にも「都」が入っている。
否定の字は、単独では丹波系を表し、多くは出雲系を表す字を否定しているようである。
否定の字が丹波系を表すのかはまだ検証が必要だと思っているが、否定の字の力は丹波系にも及んでいるようである。つまり葛城長江曾都毘古の「都」は、「毘古」を否定しているのである。

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で述べた葛城長江曾都毘古が気比大神と名を交換して葛城の曽都毘古になったのならどうなるのだろうか。
当然ながら『古事記』の時代にカナ文字はないので、『古事記』は全て漢字で書かれている。
ならば葛城の曽都毘古の「の」は「之」の字である。これは岩波の『古事記』で確認してある。
そして葛城の曽都毘古の娘が石之日売である。石之日売は「之」が「日売」を否定している。
石之日売は仁徳が八田若郎女を娶り、嫉妬して仲直りした後、雁が卵を産む話や、巨木で枯野という船を造る話などが続いて、履中天皇の物語へと続いている。
これは石之日売が、仁徳の正しい配偶者でなく、その正しくない配偶関係を繋いで、履中天皇をその子にするための作為である。
以降、履中天皇や延び延びになっている顕宗天皇の話をする前に、ヤマトタケルの系譜の話をしよう。

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ヤマトタケルは開化天皇である(52)丹波系は国つ神

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大町阿礼さん
前回述べた誉田陵ですが、『古事記』には「御陵は川内の恵賀の裳伏崗にあり」とありますが、『書紀』には応神天皇の埋葬記事が一切ありません。したがって『書紀』の誉田陵は『古事記』の応神天皇陵ではありません。『書紀』の誉田陵は「いちびこの丘」にあります。私はその誉田陵は、誉田山御陵古墳の周辺にあると思っています。
またこの話は、『書紀』の仁徳天皇の話とも共通していると思います。
仁徳十一年、茨田の堤を築こうとしたが築いても壊れる所が二ヶ所あった。天皇の夢に神が現れ、「武蔵の強頸と河内の茨田連衫子を河伯(かわのかみ)に奉れば防ぐことができる」と言った。そこで二人ヲ人身御供にしたが、強頸が泣いて水に入ったのに対し、茨田連衫子は瓢二つを取り、「もしこの瓢を沈めることが出来れば、水の中に入ろう」と言ったが、河伯は瓢を沈めることができず、衫子は無事だった。
仁徳六十七年にも、似たような話があります。吉備の中国の川島河の川股に、竜がいて人を苦しめていたのを、笠臣の先祖の県守が瓢を三つ水に入れ沈められなかった竜を斬ったという話です。河伯が田辺史伯孫に、竜が史首加竜に対応しているのではないかと思います。

本題に入ろう。
前回丹波系は天神ではないのではないかという話をしたが、『古事記』では、アシナズチは「僕(あ)は国つ神大山津見神の子なり」と言う。大山津見神はイザナキ、イザナミの子である。
また、サルタビコは「僕は国つ神、名は猿田毘古神なり」と言う。
天地初発を見てみよう。


天地初めて発けし時、高天原に成りし神の名は、天之御中主神、次に高御産巣日神次に神産巣日神。この三柱の神は、みな独神と成りまして、身を隠したまひき。
次に国稚く浮ける脂の如くして、海月(くらげ)なす漂へる時、葦牙(あしかび)の如く萌え騰る物によりて成りし神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅神、次に天之常立神。この二柱の神もみな独神と成りまして、身を隠したまひき。
上の件の五柱神は別天(ことあま)つ神。

 

とあり、この五柱の神は「別天つ神」である。「別」の字が「天つ神」を否定しており、この神々は丹波系である。
これらから、丹波系は「天つ神」でないことになり、丹波系は国つ神だとわかる。

前回、伊「久」米伊理毘古伊「佐」知命と呼ばれる垂任天皇の「久」と「佐」が丹波系を表すのではないかと述べた。

ヤマトタケルは開化天皇である(26)~矢河枝比売はやか・ハエ媛 - 「人の言うことを聞くべからず」+

で、安寧天皇の条に登場するハエイロネは意富夜麻登「久」邇阿礼比売命で、考元天皇の条の意富夜麻登「玖」邇阿礼比売命と違うことを述べた。
安寧天皇の条の安寧の子の師木津日子命の記述を抜粋しよう。

次に師木津日子命の子二王坐しき。一(ひとはしら)の子孫は、(伊賀の須知の稲置・那婆理の稲置・三野の稲置の祖。)一の子の和知都美命は、淡道の御井宮に坐しき。かれ、この王二(ふたはしら)の女ありき。兄の名は蠅伊呂泥、またの名は意富夜麻登久邇阿礼比売命。弟の名は蠅伊呂杼

 

とある。
「師木津日子命の子二王坐しき」と、始めに子の数を述べる記述は、『古事記』にはここにしかない。「一」をひとはしらと読ませるのもここだけである。
ならば意富夜麻登「久」邇阿礼比売命の「久」が出雲系を表すとも考えられるが、前回の疑問を考えれば、そのように結論することはできない。
鍵は、師木津日子命の子にある。
「一の子孫は」と書いて名前を省いたのは、名前を書いてはまずかったからだろう。
つまり意富夜麻登「玖」邇阿礼比売命とは、この名前の書かれなかった「一」の娘と考えられる。
考元天皇の条に戻れば、意富夜麻登「玖」邇阿礼比売命と書きながら、その子は夜麻登登母々曾毘売命、比古伊佐勢理毘古命など、丹波系の名前が目立つ。
そして比古伊佐勢理毘古命にも「佐」の字があり、「佐」が丹波系を表すとわかる。
この後に「この阿礼比売のの弟、蠅伊呂杼を娶して生みましし御子」として、若日子健吉備津日子命などの出雲系の名前の出ているのは、蠅伊呂泥、蠅伊呂杼が出雲系の名前で、意富夜麻登「玖」邇阿礼比売命とは、蠅伊呂泥の別名だからである。それを『古事記』は安寧天皇の条でフェイクを仕掛けて欺いて見せたのである。
こうして、「久」「佐」が丹波系を表す字だと結論づけられる。
まだ丹波系を表す字があり、それは今回登場した和知都美命にもある。次回はその説明をして、葛城之曾都毘古、その娘の石之日売の話に戻っていこう。


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ヤマトタケルは開化天皇である(51)~「之」も否定、「イリ王朝」は出雲系

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大町阿礼さん
『北円堂の秘密』興味深く読ませて頂きました。気になったところを何回かに分けて述べていきたいと思います。
藤原不平等が壬申の乱の際に田辺史のところに預けられていたということで連想したのは、『書紀』雄略九年七月の記事です。田辺史伯孫の娘は書首加竜の妻で、娘が男の子産んだと聴いて、婿の家にお祝いに行った帰り道、いちびこの丘の誉田陵のところで、赤馬に乗っている人に出会った。伯孫はその馬が欲しくなったが、追い付かない。赤馬に乗った人は、伯孫の願いを知って馬を止めて交換したが、翌朝見ると赤馬は埴輪の馬に変わっていた。誉田陵に戻って探すと、伯孫の葦毛の馬が埴輪の馬の間に立っていた。伯孫は埴輪の馬と取り替えて連れて帰った。
という話です。

本題に入ろう。
古事記崇神天皇の条の后妃子女の記述を抜粋する。

この天皇、木国造名は荒河刀弁の女、遠津年魚目々微比売(とおつあゆめまくわしひめ)を娶して生みましし御子、豊木入日子命、次に豊鉏入日売命。また尾張連の祖意富阿麻比売を(おほあまひめ)娶して生みましし御子、大入杵命、次に八坂之入日子命、次に沼名木之入日売命、次に十市之入日売命。

 

意富阿麻比売の子の「入日子」「入日売」にはその前に「之」が入っているのに対し、遠津年魚目々微比売の子には、「入日子」「入日売」の前には「之」がない。
その理由を考えるために、景行天皇の条を見てみよう。

また八尺入日子命の女、八尺入日売命を娶して生みましし御子、若帯日子命、次に五百木之入入日子命、次に押別命、次に五百木之入日売命。

 

八坂之入日子が「八尺」入日子になっており、「之」が抜けている。
さらに垂任天皇の条を見よう。

またその大国之淵の女、弟苅羽田刀弁を娶して生みましし御子、石衝別王、次に石衝毘売命、亦の名は布多遅能伊理毘売命。

 

石衝毘売命、別名布多遅能伊理毘売命は「入日売」とならずに「伊理毘売」となっている。
さらに崇神天皇の条に戻って見てみよう。

また大毘古命の女、御真津比売命を娶して生みましし御子、伊玖米入日子伊沙知命、次に伊耶能真若命、次に国片比売命、次に千々都久和比売命、次に伊賀比売命、次に倭日子命。(六柱)この天皇の御子等併せて十二柱なり。(男王七、女王五柱なり。)かれ、伊久米伊理毘古伊佐知命は天の下治らしめしき。次に豊木入日子命は、上毛野・下毛野君の祖なり。妹豊鉏比売命は、伊勢大神の宮を拝き祭りき。

 

伊久米入日子伊沙知命が、伊「久」米「伊理毘古」伊「佐」知命になっている。また豊鉏入日売命が豊鉏比売命になり、「伊勢大神の宮を拝き祭りき」と記されている。
ここでいくつかの疑問が生まれてくるが、とりあえず結論を出そう。
「之」は単なる「~の」の意味ではなく、『古事記』では否定の意味であり、「入日子」、「入日売」は「日子」、「日売」と同じ意味である。
つまり御真木入日子印恵命と称される崇神天皇は出雲系である。
すると「天之~」という丹波系を表す表記は、丹波系が天神でないことを示すことになる。
また「久」、「佐」が丹波系を示し、「玖」、「沙」が出雲系を示すのではないかという疑問が出てくる。
次回は、その疑問に答えていこう。


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