「人の言うことを聞くべからず」+

坂本晶と申します。はてなでは「坂本晶の『人の言うことを聞くべからず』」をやっています。こちらはサブブログとして、古代史、神話を中心に扱っていきます。『水瓶座の女』という小説を、太陽出版から販売しております。読んで頂けたら嬉しいです。

ヤマトタケルは開化天皇である(59)~文脈で主語を判断してはいけない。

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日本語は主語がなくとも意味が通じる。それは文脈で主語を判断しているからだ。
しかし『古事記』において、主語は文脈によって判断してはいけない。『古事記』を読む場合、文章の主語が抜けている時は、前の文の主語を引き継いでいると考えるべきである。

大国主神の神話の、須佐之男命を訪問する場面を見てみよう。


かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見て、目合して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。、かれ、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出て見て、目合して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。して相婚ひまして、還り入りてその父に白して言はく、「いと麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出て見て告りたまはく、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」とのりたまひて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼をその夫に授けて云はく、「その蛇咋はむとせば、この比礼を三度拳りて打ち撥ひたまへ」といひき。かれ、教への如せしかば、蛇自ら静まりき。かれ、平く寝て出でたまひき。

 

「その父」は「其父」で、真実の親子関係でないことを示す。そして「その妻須勢理毘売命」は須勢理毘売「命」で、大国主神と婚姻した須勢理毘売ではない。「その妻」「その夫」はそれぞれ「其妻」「其夫」で、『古事記』にあまり用法ががないので断定できないが、これも真実の夫婦関係でないと読めそうである。そして「ここにその妻須勢理毘売命…」の文は、前の主語を引き継いで「その大神」で、須佐之男命だと読むべきである。須佐之男命と須勢理毘売「命」とは真実夫婦ではないが、須勢理毘売とはどうかとも深読み出来そうな文である。なお、「こは葦原色許男命と謂ふぞ」は「此者謂之葦原色許男命」である。大国主神は葦原色許男神で葦原色許男「命」ではないので、この文は合っているのである。(岩波『古事記』には葦原色許男とのみ記されており、「命」が入っていない。その理由はわからないが、ここでは漢文に「命」を足しておいた。

続きを見てみよう。


また来る日の夜は、呉公(むかで)と蜂との室に入れたまひき。また呉公・蜂の比礼を授けて、教ふること先の如し。かれ、平く出でたまひき。また鳴鏑を大野の中に射入れて、その矢を採らしめたまひき。かれ、その野に入りし時、すなはち火もちてその野を焼き廻らしき。ここに出でむ所を知らざる間に鼠来て云はく、「内はほらほら、外はすぶすぶ」といひき。かく言ふ故にそこを踏みしかば、落ち隠り入りましし間に、火は焼け過ぎぬ。ここにその鼠、その鳴鏑を咋ひ持ちて、出で来て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子等皆喫ひたり

 

主語が全くないが、「先の如し」までは前の文と主語が同じとして、呉公と蜂の室に入れられたのが大国主神で、呉公・蜂の比礼を振ったのが須佐之男命だとわかる。
その後は主語がなく、鳴鏑を射たのが誰で、野に入って火に焼かれそうになったのが誰なのかわからない。主語がわかるのは鼠とその「子等」だけである。
鳴鏑の羽の「喫」むを「咋」むに入れ代えると、ある地名になる「羽咋」である。能登国羽咋神社があり、祭神は石衝別命である。
ならば鼠の「子等」が石衝別命かという疑問が出てくる。
古事記』にはそうは書いていない。石衝別命に見せるために「鼠の子等」は登場したのであり、この「鼠の子等」は丹波系と考えることができる。そして「羽咋」ではなく、「羽」を「喫」むとあるのは、「鼠の子等」が「羽咋」とは無縁だということである。
また、鳴鏑を「咋」んだ鼠を大山咋と考えることができる。鼠が大山咋かどうかは後に検討しよう。

この後大国主神須佐之男命がどうなるのかを見る前に、もうひとつ、わかった点を述べるために、大国主神の神話の別の物語を見ていくことにする。

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ヤマトタケルは開化天皇である(58)~健内宿禰は女である。

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古事記仁徳天皇の条で、

また一時、天皇豊楽したまはむとして、日女島に幸行しし時、その島に雁卵を生みき。ここに健内宿禰命を召して、歌を以ちて雁の卵を生みし状を問ひたまひき。その歌に曰りたまはく、
たまきはる 内の朝臣 汝こそは 世の長人 そらみつ大和の国に 雁卵生むと聞くや
ここに健内宿禰、歌を以ちて語りて曰さく、
高光る 日の御子 うべしこそ 問ひたまへ まこそに 問ひたまへ 吾こそは 世の長人 そらみつ 大和の国に 雁卵生むと いまだ 聞かず
かく白して御琴を給はりて歌ひて曰はく、
汝が御子や 終に知らむと 雁は卵生むらし
こは本岐歌の片歌なり。

 

仁徳が「大和の国に雁が卵を産んだと聞いたことがあるか」と歌で尋ねると、健内宿禰は「聞いたことがない」と答える。そして「汝が御子や 終に知らむと 雁は卵生むらし」という歌で締めくくる。その後「枯野という舟」のエピソードが続き、履中天皇の条になる。 

「終に知らむ」とは次に天皇になることを意味しているとするが、次の履中天皇が「子、伊耶本和気王」とあるように、履中は仁徳の子ではない。

「終」とは仁徳の次を意味しない。 ならば履中は誰の子だろうか。


 『古事記』考元天皇の条では、健内宿禰の「子」についての記述がある。

また木国造の祖宇豆比古の妹、山下影日売を娶して生みし子、健内宿禰。この健内宿禰の子併せて九たり。男七たり、女二たり。 波多八代宿禰は、波多臣・林臣・波美臣・星川臣・淡海臣・長谷部君の祖なり。次に許勢小柄宿禰は、許勢臣・雀部臣・軽部臣の祖なり。次に蘇賀石河宿禰は、蘇我臣・川辺臣・田中臣・高向臣・桜井臣・岸田臣の祖なり。次に平群都久宿禰は、平群臣・佐和良臣・馬御杙連臣の祖なり。次に木角宿禰は、木臣・都奴臣・坂本臣の祖なり。次に久米能摩伊刀比売、次に怒能伊呂比売、次に葛城長江曾都毘古は、玉手臣・的臣・生江臣・阿芸那臣等の祖なり。また若子宿禰は、江野間臣の祖なり。

 

「この健内宿禰の子」は「此健内宿禰之子」なので、子供は皆「御子」である。

しかし 子供の数は柱で数える。「併せて九たり」とは、健内宿禰の「御子」は9人ではないことを意味する。 それにしても9人も「子」がいて、配偶者の記述が一人もないのは、健内宿禰くらいである。 


次に、仲哀天皇の条の、仲哀天皇が死ぬ場面を見てみよう。 

「その大后息長帯日売命は、当時帰神したまひき」 と始まるこの記述では、「帰神」を「かむがかり」と読んでいる。

しかしこれは「神に帰る」と読むべきだろう。天の石屋戸の記述でも、天宇受売命は「神懸りして」とある。息長帯日売命は「神が乗り移った」のではなく「神」なのである。

 仲哀天皇が死ぬところを飛ばして、その後を見てみよう。

ここに驚き櫂ぢて、殯宮に坐せまつりて、更に国の大ぬさを取りて、生剥、逆剥、阿離、溝埋、屎戸、上通下通婚、馬婚、牛婚、鶏婚、犬婚の罪の類を種々求ぎて、国の大祓をして、また健内宿禰沙庭に居て神の命を請ひき。ここに教へ覚したまふ状、具に先の日の如く、「凡そこの国は汝命の御腹に坐す御子の知らさむ国ぞ」とさとしたまひき。
ここに健内宿禰白さく、「恐し、我が大神、その神の腹に坐す御子は、何れの子にか」とまをせば、「男子なり」と答へて詔りたまひき。

 

「その神の腹に坐す御子は、何れの子にか」は「坐其神腹之御子、 何子歟」である。しかし「凡そこの国は汝命の御腹に坐す御子の知らさむ国ぞ」は「凡此国者、坐汝命御腹之御子、所 治国者也」で、文中の「之」は読み下しできない字である。

そして「汝命」とは、息長帯日売命のことではなく、健内宿禰のことである。

 「御腹」を「之」が否定しており、「国を知らす」のは健内宿禰の「御子」ではない。

しかし「その神の腹に坐す御子」とは、息長帯日売命の「御子」でもないのである。身体の部所にも「御」がなければ、その人物の身体を指していない。だから「腹」は、息長帯日売命の「御腹」ではない。そして健内宿禰の「御腹」に「御子」がいることを、『古事記』は否定していないのである。

 これで、健内宿禰に配偶者の記述がない理由がわかった。

健内宿禰が女性である、少なくともそう読んで欲しいから、『古事記』は配偶者の名前を記述しなかったのである。 

そして健内宿禰の「御子」が伊耶本和気王と読んで欲しいのが、『古事記』の目論見である。以前述べたように、葛城之曽都毘古を「御子」としたところは訂正しなければならない。 


他に、最近二つの発見があった。それを述べるため、次回、大国主の神話に触れるとしよう。 


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ヤマトタケルは開化天皇である(57)~「子」は親子関係の否定

古事記開化天皇の条に登場する、開化天皇の子の日子坐王が春日の健国勝戸売の娘、沙本之大闇見戸売を娶って沙本毘古王、袁耶本王、沙本毘売命、室毘古王が生まれる。
うち袁耶本王は、「葛野之別、近淡海蚊野之別之祖なり」とあり、「之」と「別」で二重否定となり、袁耶本王は出雲系となると考えれば、「袁」が丹波系を表すと考えて、「耶」がまた否定の意味だから出雲系になると考えることができる。
ということで、前回の最後の答えは「耶」は否定の意味になり、次の疑問として、伊耶本和気命と伊耶本和気王は何が違うのかに入るのだが、ここで大変なことに気づいてしまった。


子、伊耶本和気王、伊波礼の若桜宮に坐して天の下治らしめしき。

という記述を不自然に思った読者も多いだろう。伊耶本和気命と伊耶本和気王が違うのも想像できたと人も多いと思う。
その理由が、「子、伊耶本和気王」にかかっている。
実は、「子」は親子関係の否定である。
正しく親子関係だと表現する場合、『古事記』では「御子」と記述する。
「子」だけではない。「兄」、「弟」、「父」という記述も、血縁関係を意味しない。神代の神々の系譜は、ほとんど造作されている。
天皇の場合、子女には「御子」を用いるが、その他の皇族には「子」が用いられ、造作された系譜だとわかる。
それではほとんどの系譜が嘘ではないかと思うだろうが、信頼できるものもある。なぜなら豪族の場合、大抵「~之祖」という記述で二重否定になっているので、その人物が氏族の祖先なのは確かなのである。
親を指す場合、『古事記』では「御祖」を用いる。 ついでにいえば、「日子」は「日」の否定で、丹波系である。

ヤマトタケルは開化天皇である(51)~「之」も否定、「イリ王朝」は出雲系 - 「人の言うことを聞くべからず」+


で述べた、「入日子」を「日子」と同じとする見解をここで訂正し、「入」が「日子」の否定であるとする。
しかし「日子」は丹波系だが、「日売」は出雲系である。「日子」に対応する丹波系の表記は「日女」である。

もし今までに「原文を紹介する」と書いているところがあれば訂正しなければならないが、『記紀』の原文は漢文で、今までに紹介したのは読み下し文である。和歌はいわゆる万葉仮名で書かれており、漢文の中に一部、万葉仮名が混じっている。
講談社学術文庫の『古事記』には原文がないので、今回、改めて岩波文庫の『古事記』を購入した。

岩波の『古事記』には、現代語訳がない。
それでも古文に自信がある人は講談社より岩波の法がいいと思うかもしれないが、岩波『古事記』は古典文学体系『古事記』に拠って校訂されており、例えば

ヤマトタケルは開化天皇である(41)~「佐耶岐」と大雀太子 - 「人の言うことを聞くべからず」+


の「守」遅野和紀郎子も直されており、また「耶」は伊邪那岐命の「邪」になっている。
だから研究したい方には、講談社、岩波の両方読むのをお勧めする。
以降、必要最小限の原文も紹介し、その際漢文は講談社の『古事記』を基に校訂する。しかし返り点は80%縮小しかないので、不都合があればコメントを頂きたい。

長々と述べたが、まだ例証していないので、ここで例を挙げよう。少名毘古那の登場する場面である。
大国主神をはじめ、誰も少名毘古那が誰かわからない。そこでくえびこが神産巣日神の「御子」の少名毘古那神だと指摘する。


ここにたにぐく白さく、「こはくえびこ必ず知りたらむ」とまをせば、即ちくえびこを召して問ひたまふ時、こは神産巣日神の御子、少名毘古那神ぞと答白しき。 かれここに、神産巣日の御祖命に白し上げたまへば、答へて告りたまはく、「こは実に我が子なり。子の中に我が手俣よりくきし子なり。かれ、汝、葦原色許男命と兄弟となりて、その国を作り堅めよ」とのりたまひき。

「こは神産巣日神の御子、少名毘古那神ぞと答白しき」は「答 白此者神産巣日神之御子、少名毘古那神 」、「かれここに、神産巣日の御祖命に白し上げたまへば、答へて告りたまはく、『こは実に我が子なり』」は「故爾白二  於神産巣日御祖命 者、答告、此者実我子也」となっている。これで神産巣日神と神産巣日御祖命が同一で、少名毘古那神が神産巣日神の「御子」でないことがわかる。
この物語は大国主神と少名毘古那神を兄弟にして、大国主神神産巣日神の「子」にするためのものと現時点で解釈している。

「子、伊耶本和気王」は、仁徳の「御子」の否定である。その意味を探るために、次回、神功皇后のエピソードを語ろう。

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ヤマトタケルは開化天皇である(56)~「忍」と「押」と「弉」

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古事記仁徳天皇の条の后妃子女の記述には、履中天皇は大江之伊耶本和気命とあり、その後「かれ、伊耶本和気命は天の下治らしめしき。」とある。
この場合、「之」が何を否定しているかが重要である。
「和気」を否定しているなら、大江之伊耶本和気命は丹波系である。しかし「大江」を否定しているなら出雲系ということになる。
どちらなのか、『古事記』の仁徳天皇の条を見ていこう。

ヤマトタケルは開化天皇である(33)~磐之姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

の後のエピソードに、雁の卵の瑞祥の話と枯野という船の話がある。
「雁の卵の瑞祥」の話は、仁徳が日女島行幸した時に、雁が卵を生んだ。仁徳は健内宿禰に「大和国に雁が卵を生むと聞いたことがあるかと尋ね、健内宿禰は「聞いたことがございませんと答えたという話である。
「枯野という船」の話は、兔寸河の西に高樹があり、朝日に当たればその影は淡路島に及び、夕日に当たればその影は高安山を越えたという。その樹を切って造った船に枯野と名付けた。その船が壊れるとその木材で塩を焼き、焼け残った木で琴を作ると、その音色は七つの村里に響き渡ったという。
この二つのエピソードの詳細な研究はまだしていないが、その前の石之日売のエピソードが仁徳と石之日売が真に「結婚」したことを意味し、「雁の卵」と「枯野」が二人の子を意味すると見ている。

次に履中天皇の条では、

子、伊耶本和気王、伊波礼の若桜宮に坐して天の下治らしめしき。この天皇、葛城の曾都比古の子葦田宿禰の女、名は黒比売命を娶生みましし御子、市辺の忍歯王、次に御馬王、次に青海老女、亦の名は飯豊老女 三柱

とある。
伊耶本和気「王」は伊耶本和気「命」と同じなのだろうか。
この問題は後回しにしよう。
市辺の忍歯王の「の」は「之」である。ならばどれかの字を否定している可能性がある。
否定されているのは「忍」である。
欠史八代の一人、第五代孝昭天皇の条に、

この天皇尾張連の祖奥津余曾の妹、名は余曾多本毘売命を娶して生みましし御子、天押帯日子命、次に大倭帯日子国押人命。二柱。かれ、弟帯日子国忍人命は天の下治らしめしき。

とある。この文で「押」と「忍」が対比されており、それぞれどちらかが丹波、出雲を表す字だとわかる。

ヤマトタケルは開化天皇である(49)~仁徳朝は虚構である(追記あり) - 「人の言うことを聞くべからず」+

丹波系である若野毛二俣王の娘は忍坂「之」大中津比売命であり、「之」が「忍」を否定している。

ヤマトタケルは開化天皇である(55)~「別」と「和気」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

では践坂大中比弥王とあり、「忍」の字を使っていないことから、「忍」が出雲系を表す字だとわかる。
そして雄略天皇に殺されたのは、忍歯王となっている。
その後、
「市辺王の王子達、意祁王、袁祁王 二柱、この乱れを聞きて逃げ去りたまひき。」とあるので、意祁王、袁祁王は「市辺王」の子であり、「忍歯王」の子ではない。
なお、

ヤマトタケルは開化天皇である(24)~飯豊皇女は三人いる - 「人の言うことを聞くべからず」+

の市辺忍歯別王は市辺之忍歯王と同じ丹波系の人物となり、ここで訂正しておく。
次に顕宗天皇の条を見てみよう。

伊弉本別王の御子、市辺忍歯王の御子、袁祁の石巣別命、近つ飛鳥宮に坐して、天の下治らしめすこと捌(や)歳なり。

とある。「袁祁の石巣別命」
とは誰のことだろうか。
伊弉本別王が祖父で、「別」の字があるから丹波系かと思えば、父親が市辺忍歯王だから伊「弉」本別王は出雲系の人物である。
「弉」は丹波系の字であり、それが「別」によって否定されている。
ならば「袁祁の石巣別命」はどうだろうか。
「石巣別」とは、

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+

の神生み神話で紹介した石巣比売の近親婚配偶者の否定であり、「袁祁の」は「袁祁」の否定で袁祁王とは別の出雲の人物であることを示している。
それでは「弉」が出雲系なら、「耶」は何か?
それを探るために、次回、仁徳天皇を見た後に、もう一度顕宗天皇を見ていこう。


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ヤマトタケルは開化天皇である(55)~「別」と「和気」

「和気」は「別」と同音であり、「別」が丹波系と否定を意味するならば、「和気」は出雲系を意味する字である。
古事記』垂任天皇の条の后妃子女の記述を見てみよう。


この天皇、沙本毘古命の妹、佐波遅比売を娶って生みましし御子、品牟都和気命。

 

とあるが、この後に登場するのは品牟智和気である。
沙本毘古王の反乱の記述では、「この天皇、沙本毘売を后としたまひし時、沙本毘売命の兄沙本毘古王」とある。
沙本毘売命の兄が沙本毘古王というのは、開化天皇の条の記述と一致するが、このストーリーの垂任の后は沙本毘売で、沙本毘売「命」とは別なのである。
違うからといって、どちらが丹波でどちらが出雲ということはこれではわからない。「沙」は出雲系を表す字だから、これは混ざりである。ただ沙本毘売命が品牟都和気の母で、沙本毘売が品牟「智」和気の母だということである。
沙本毘売命は沙本毘古王から「八塩折の紐小刀」を受け取るが、途中で「その后」と沙本毘売を指す言葉に代わって二人が入れ替わっている
こうして度々二人が入れ替わって、

然して遂にその沙本比古王を殺したまひしに、そのいろ妹も従ひき。

 

と最後に「沙本比古王」と「そのいろ妹」となっている。そう「いろ妹」が沙本毘売だろう。
沙本「毘古」と表記しなかったこと、また『古事記』では丹波系の人物は殺されない鉄則から、品牟「智」和気の母の沙本毘売は出雲系である。

もう1つ、違う文献を紹介しよう。
上宮記』という散逸文献で、『釈日本紀』に僅かに引用文が残っている。
上宮記』というからには聖徳太子に関する文献と思われ、しかも『古事記』より成立年代が古いのが確実視されている文献である。
そう『上宮記』にはこうある。


上宮記に曰く。一に云ふ。品牟都和希王、杭俣那加都比古の女子、名弟比売麻和加を娶りて生める児、若野毛二俣王、母々恩己麻和加中比売を娶りて生める児、大郎子、一名意富富等王、妹践坂大中比弥王、弟田宮中比弥、弟布遅波良己等布斯郎女の四人也

 

この後の文は継体天皇に至る文だが、ここでは省く。
品牟都和気が品牟都「和希」になっている。『上宮記』では、「和気」を使わない。「都」は否定の字だが、否定する字がない場合は単独で丹波系を表す。だから品牟都「和希」は丹波系だということが『古事記』より明確になっている。
そして『上宮記』の品牟都「和希」が継体天皇の祖だということは、継体天皇応神天皇の五世孫と言われていることから、垂任天皇の子の品牟都和気とは応神天皇である。

「別」についても触れておこう。
垂任天皇の条の后妃子女の記述で、


弟苅羽田刀弁を娶して生みましし御子、石衝別王、次に石衝毘売命、亦の名は布多遅能伊理毘売命。二柱

 

とある。
石衝別王と石衝毘売命は近親婚の関係のように見えるがそうではない。石衝「別」命は、石衝毘売命との配偶関係の否定なのである。だから石衝「別」王は出雲系である。
これを踏まえて、次回、履中天皇、市辺押歯王を見ていこう。

ヤマトタケルは開化天皇である(54)~「迦」と「訶」、健は出雲系

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古事記景行天皇の条の后妃子女の記述には、

また倭健命の曾孫、名は須売伊呂大中日子の女、訶具漏比売を娶して生みましし御子、大枝王。

 

とある。
もう一度、ヤマトタケルの系譜を見ていこう。

かれ、上に云ひし若建(ヤマトタケルの子)、若建王、飯野真黒比売を娶して生みましし子、須売伊呂大中日子王。この王、淡海の柴野入杵の女、柴野比売を娶して生みましし子、迦具漏比売命。かれ、大帯日子天皇景行天皇)、この迦具漏比売を娶して生みましし子、大江王。この王、庶妹(ままいも)銀王(しろがねのみこ)を娶して生みましし子、大名方王、次に大中比売命。かれ、この大中比売命は、香坂王、忍熊王の御祖(みおや)なり

 

とあり、訶具漏比売が「迦」具漏比売に、大枝王が大「江」王になっている。
これは意富夜麻登久邇阿礼比売命が意富夜麻登「玖」邇亜礼比売命に、伊玖米入日子伊沙知命が伊「久」米伊理毘古伊「佐」知の命になったように、名前の字を変えて丹波系から出雲系へ、出雲系から丹波系へと変えているのである。
このことから、字を変えて人物の属性を変えた場合、最初に表記された文字がその人物の本来の属性を現している可能性が高い。それは御真木入日子印恵命である崇神天皇のの子が、伊玖米入日子伊沙知命であることからも蓋然性が高いと思われる。
ならば訶具漏比売と「迦」具漏比売の「訶」と「迦」がどちらが丹波で出雲系なのかだが、「迦」は垂任天皇の妃の迦具夜比売の「迦」で、私は「迦」が丹波系、「訶」が出雲系を表すと考えている。
ただそうなると問題が生じてくる。
天地初発に登場する宇麻志阿斯訶備比古遅神は別天つ神なのに「訶」の字がある。
これについては、「次に国稚く浮ける脂の如くして、海月なす漂える時、葦牙の如く萌え騰る物によりて成りし神の名は」宇麻志阿斯訶備比古遅神とあり、「葦牙の如く萌え騰る物」が丹波系の神を表すと考えている。
また大年神の配偶神に天知迦流美豆比売がいるが、この神は「天」という出雲系の字が入っているのに、「迦」という丹波系の字がある。
この神については、「迦」が否定を表すと考えれば一応解決しそうだが、他に「迦」が否定を表す例が無いので現時点で結論づけることはできない。今後の課題としよう。

また倭健命、若健命などの「健」も、以上の理由から出雲系を表すと考えられる。
「健」が出雲系を表す字と見るのは、健内宿禰が出雲系だと考える私の見解と合致する。
また、スサノオについても言えることがある。
古事記』でのスサノオの表記は、健速須佐之男命、速須佐之男命、須佐之男命の三つである。
健速須佐之男命は「速」が「健」を、「之」が丹波系を表す「佐」を否定している。この場合、丹波、出雲の判別ができない。
このような名前になるのは、伊邪那岐命ならぬ伊邪那伎命が、黄泉津大神である伊邪那美命の穢れを禊して生まれた神だからである。
しかし速須佐之男命は、「之」が「佐」を否定しても、「速」が丹波系を表すので丹波系である。『古事記』活躍するのは大体この速須佐之男命である。
そして須佐之男命の場合、これは明確に出雲系である。

履中天皇の話をする前にもうひとつ、次回、「別」と「和気」の話をしよう。


ヤマトタケルは開化天皇である 目次1~50

1~50までの目次を作りました。ページをめくる手間が省けると思います。ご利用下さい。

ヤマトタケルは開化天皇である①~ヤマトタケルは開化天皇の代の人物 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である②~日本のオイディプス - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である③~オオゲツヒメ殺しから「真実」を読み解く - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である④~『日本書紀』は『古事記』を解体する - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑤~神武東征、オオクニヌシの国譲りから見る『古事記』の「和」の否定 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑥~フロイトの『モーセと一神教』 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑦~「人垣を立て」た王ヤマトヒコと「暗殺者」ヤマトタケル - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑧~韓国、延烏郎と細烏女の伝説 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑨~邪馬台国の位置と利用された神武東征 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑩~『海部氏系図』に見るヤマトタケルの姿と熊野の神 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑪~神武東征から熊野の神話を取り出す - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑫~ヤマトタケルは父・延烏郎を殺した - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑬~延烏郎は日本最初の怨霊 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑭~熊野の神話の最古層 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑮~ヤマトタケルはカグツチである - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑯~ヤマトタケルはヒルコである。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑰~ヤマトタケルはスクナビコナである - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑱~ヤマトタケルは大国主である - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑲~母子婚者の子は父子婚者 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である⑳~穀霊の名のと「豊」は近親婚の証し - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(21)~大山咋は丹波勢力に挿入された出雲の神 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(22)~聖徳太子について - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(23)~『記紀』には「倭の五王」のことは書かれていない - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(24)~飯豊皇女は三人いる - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(25)~飯豊皇女と「ハエ媛」 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(26)~矢河枝比売はやか・ハエ媛 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(27)~稲田宮主とクシナダ姫の深層 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(28)~髪長姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(29)~アメノヒボコとツヌガアラシト - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(30)~三人の応神天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(31)~新羅の王?仁徳天皇 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(32)~「大鷦鷯」はミソサザイ、「大雀」はすずめ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(33)~磐之姫の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(34)~鹿と猪とモズ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(35)~神武東征からワカタケルに迫る① - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(36)~ヤソタケル、兄磯城、長髄彦 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(37)~ニギハヤヒ、ヤソタケル、クマソタケル - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(38)~出雲系の男が丹波系の女に殺された可能性について① - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(39)~出雲系の男が丹波系の女に殺された可能性について② - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(40)~訂正①・石之日売の正体 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(41)~「佐耶岐」と大雀太子 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(42)~平群志毘と目弱王 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(43)~ホオリとヒコホホデミ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(44)~訂正②天照大神は出雲の神である。 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(45)=迷惑なヒコホホデミ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(46)~『古事記』での丹波、出雲の見分け方 - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(47)~アマテラスとスサノオの誓約のカラクリ - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(48)~『古事記での丹波、出雲の見分け方② - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(49)~仁徳朝は虚構である(追記あり) - 「人の言うことを聞くべからず」+

ヤマトタケルは開化天皇である(50)~「速」「別」は否定の意味 - 「人の言うことを聞くべからず」+